星落ちて、なお 澤田瞳子

2021年5月15日第1刷発行 2021年7月20日第2刷発行

 

帯封「第165回直木賞受賞作 家族ってなんだ?と思わず我が身を振り返ること必至。偉大すぎる父親を持ってしまった河鍋とよの一代記」「画鬼・河鍋暁斎を父に持った娘とよの数奇な人生とは-不世出の絵師、河鍋暁斎が死んだ。残された娘のとよ(暁翠)に対し、腹違いの周三郎は事あるごとに難癖をつけてくる。早くから養子に出されたことを逆恨みしているのかもしれない。暁斎の死によって、これまで河鍋家の中で辛うじて保たれていた均衡が崩れた。兄が河鍋の家を継ぐ気がないのは明白であった。弟の記六は根無し草のような生活にどっぷりつかっていて頼りなく、妹のきくは病弱で長くは生きられそうもない。河鍋一門の行末はとよの双肩にかかっているのだったが-。」

 

目次

蛙鳴く 明治二十二年、春

かざみ草 明治二十九年 冬

老龍 明治三十九年、初夏

砧 大正二年、春

赤い月、大正十二年、初秋

画鬼の家 大正十三年、冬

 

主人公は画鬼・河鍋暁斎の娘とよだ。父の葬儀後、長男周三郎から、暁斎がとよに絵を教えたのは北斎をまねて娘を応為のように絵師にしただけで、とよに絵の才能はないという残酷な言葉をぶつけられる。とよは自分でも周三郎こそ父の才能を受け継いで自分にそれほどの才能がないことを自覚する故に周三郎の言葉に傷つく(『蛙鳴く』)

 暁斎の隠し子が暁宴という画号で絵描きの弟子入りしたという話を聞き付けた弟記六がとよにそのことを伝え、後は兄周三郎と一緒に問題を片付けてくれと頼む。周三郎は絵のためにすべてを捨てられる奴だけが画鬼の子と呼ばれてよく、そんな覚悟も知らずなまっちょろい絵を書く絵師につく女など親父の娘とは認めない、俺が弟妹と認めているのはこの世でたった一人、おめえだけだとよに言う。才能は周三郎が上だが、周三郎がとよを認めたくだりは意外だった(『かざみ草』)。

 とよは物分かりのよい夫常吉の理解を得て絵を教え、長女をもうけたが、物わかりがよいこととは要するに何もわかっていない、それだけとよをちゃんと見ていない事実の裏返しだという。兄は暁斎と同じ病で間もなく死んでしまう。だが、兄だけがとよがこれからも泥濘にまみれても描き続けなければならない宿業を理解、夫は決して理解してくれないだろうという。西洋絵画の影響がどんどん国内に入り込む中で暁斎の血を引く絵を描き続けようと周三郎もとよも描き方や描く対象は違っても求める道を共に理解し合い、結婚しても夫はそれを理解することはない、という対比は鮮やかではある(『老龍』)。

 とよは、暁斎の25回忌に遺墨展覧会を開催。周三郎は既に亡くなり、とよは常吉と離婚。この日に集まった暁斎の弟子達は遠近法を使い、暁斎の画風とは異なる絵ばかり描いていた。八十五郎の息子松司はとよの所に通って来て絵を習う。清兵衛が砧の笛を吹く。文展に入選し、女子美で教えている栗原あや子と出会う(『砧』)。

大正12(1923)年の関東大震災当日の様子をとよの目線で描く。暁斎の絵の鑑定を頼まれるが、その絵は周三郎の絵だった。周三郎の妻が持ち込んだ絵らしく、とよは会いに行こうとした矢先、関東大震災が襲う。とよの根岸の家は無事だったが、絵を持ち込んだ廣田の家は焼けてしまった(『赤い月』)。

 八十五郎に愛想をつかした松司は、とよの家に入り浸る。とよが清兵衛の家を訪れる。やせ衰えた清兵衛は、人は喜ぶためにこの世に生まれてくるんじゃないか、周囲を喜ばせられた者が勝ち、暁斎先生はすごかった、あれほどに人の目を喜ばせた絵師はいなかった、この世を喜ぶ術をたった一つでも知っていれば、どんな苦しみも哀しみも帳消しにできる、生きるってのはきっとそんなものなんじゃないかという。そして、とよには、暁斎先生や周三郎さんへの引け目のせいで、ご自身の中にある喜びに顔を背けちゃいませんかと尋ねる。暁斎を取材したいと求めてきた作家から求めにとよは応じることに決めた。かつて輝いていた星の残映を残すのは自分だと腹を括ったように思う(『画鬼の家』)。