2017年4月30日初版発行
裏表紙「二〇二二年仏大統領選。極右・国民戦線マリーヌ・ル・ペンと、穏健イスラーム政党党首が決選に挑む。しかし各地の投票所でテロが発生。国全体に報道管制が敷かれ、パリ第三大学教員のぼくは、若く美しい恋人と別れてパリを後にする。テロと移民にあえぐ国家を舞台に個人と自由の果てを描き、世界の激動を予言する傑作長篇」
主人公フランソワは44歳のパリ第三大学の文学の教授で、19世紀の作家ユイスマンスの研究者。2022年の大統領選挙戦で極右・マリーヌ・ル・ペンとイスラーム政党の党首モハメド・ベン・アッベスが一位と二位になり、最終的にフランス人たちはイスラーム政党を選ぶ。そんな中、若い恋人は家族と共にフランスを去りイスラエルへ赴く。主人公は一旦は大学の職を離れる。イスラームの世界では、社会的に力を持つ男性は複数の妻を持つことが許され、女性は男性に服従しなければならない。西欧はこのようなイスラーム世界を批判してきたが、その西欧自身は今世紀に入りもはや死んだに等しい。文明は暗殺されるのではなく、自殺するものだというトインビーの思想を引きながら、主人公に無神論ではなくイスラームに改宗し大学の教員として戻るように話をするルディジェとのやり取りは圧巻。
「無神論の人間中心主義の根本には傲慢、途方もない慢心があります。それに、キリスト教でいう受肉の概念なんかもそうでしょう。神の子がイエスという人間の姿で現れるなんて。」「20世紀の知的な議論は、突き詰めれば、コミュニズム-つまり、人間中心主義の『ハード』なヴァージョンです-と自由民主主義-人間中心主義のソフトタイプーの対立から成り立っていました。それはあまりにも単純に過ぎる議論ではないでしょうか。現在話題になり始めた宗教への回帰が、避けられない現象だとわたしは、15歳の頃から知っていたと思います。」「ヨーロッパ全土にアナーキズムとニヒリズムが起こり、それは暴力を喚起しあらゆる道徳的な法を否定しました。それから、何年か後、第一次大戦という正当化できない凶器によって何もかもが終わりました。フロイトは間違えていなかった、トーマス・マンもまた。ヨーロッパの中でもっとも進歩し、世界でももっとも文明化を遂げていたフランスとドイツがこの信じがたい殺戮に自らを投じたのだから、ヨーロッパはもうお終いなのです」「『O嬢の物語』に描かれているように、女性が男性に完全に服従することと、イスラームが目的としているように、人間が神に服従することの間には関係があるのです。お分かりですか。イスラームは世界を受け入れた。そして、世界をその全体において、ニーチェが語るように『あるがままに』受け入れるのです。仏教の見解では、世界は『苦』、すなわち不適当であり苦悩の世界です。キリスト教自身もこの点に関しては慎重です。悪魔は自分自身を『この世界の王子』だと表明しなかったでしょうか。イスラームにとっては、反対に神による創世は完全であり、それは完全な傑作なのです。コーランは、神を称える神秘主義的で偉大な詩そのものなのです。創造主への称賛と、その法への服従です・・イスラームは儀式的な目的での翻訳を禁止したただひとつの宗教です。というのも、コーランはそのすべてがリズム、韻、リフレイン、半階音で成り立っているからです。コーランは、詩の基本になる思想、音と意味の統合が世界について語るという思想の上に存在しているのです」主人公はイスラームに改宗し大学教員へと復帰していく。
巻末の解説で佐藤優は「『服従』を読むと、人間の自己同一性を保つにあたって、知識や教養がいかに脆いものであるかということがわかる。それに対して、イスラームが想定する超越神は強いのである。」とあったが、ヨーロッパを始めとして、この小説の衝撃度はかなりのものがある。