他力《下》 五木寛之

2014年12月10日発行

 

城山三郎さんによると、日本の事業経営における倫理観のバックボーンは2つあり、1つは侍の士魂、もう1つは儒教国家だったが、戦前からの天皇信仰によって儒教的なものが中断され、戦後になると士魂についても戦争中に懲りたため今は精神的なものはすっかりなくなった、いまはただ儲ければいい、ということになってしまっている、おまけに政府までがやれ所得倍増だ、列島改造だと囃すためブレーキは全く利かなくなっているという。私もそうだと思う。そこで私は大阪商人に注目している。「儲かりまっか」「おかげさんで」という大阪商人の気質は儒教的な倫理のほかに〈お陰〉という宗教的な感覚もあったということになる。

親鸞の『口伝鈔』という言行録の「酒はこれ忘憂の名あり」は人間味を感じる。漱石は「閑愁尽くる処、暗愁生ず」と言った。

多田富雄の『免疫の意味論』が大佛次郎賞を受賞した。科学がストーリーの分野へ大胆に踏み込んできたことを示すものだ。

・一見無用なものが大きな意味を持つ。絶対必要であると思われる遺伝子とともに、こんなものがなぜ存在しているのかもよくわからない、雑然として不規則な遺伝子や重複した内容の遺伝子もたくさん見られるという。遺伝子の構造が解明された初期のころは、そういう意味不明瞭な遺伝子のことを「ジャンク」と読んでいたそうです。ジャンクとは「くず」という意味です。しかし、よく調べてみると、そういうジャンクが数多くあることにより、遺伝子のコピーミスが生じるわけです。コピーミスが生じた結果、突然変異が起こったりする。突然変異によって変わった種が誕生し、その種が従来の種より適応性が高い場合には、適者生存で生き延びていくわけです。じつは、この突然変異の積み重ねが進化ということらしい。進化の歴史は突然変異の歴史なのです。ということは、乱雑で不規則な遺伝子の思いがけないミスから生じた結果が、人間の進化を生んでいると言っていい。逆に考えると、もしも、整然として必要以上のものが何もない組み合わせの遺伝子だけだったら、人間は進化しなかったということです。ジャンクにはそうした存在の意味があるのです。・・そう言って筆者は最後に「最近の合理化には、そこに対する視点がありません。矛盾は弁証法の母であると言いますが、矛盾とは無駄とか不必要とか、その種のものは人生において絶対に必要な要件であるということをぜひ考えてもらいたい」と結ぶ。

 

なかなか含蓄の深い言葉がちりばめられていると思います。