不疑 葉室麟短編傑作選 葉室麟

令和6年1月25日初版発行

 

裏表紙「中国の漢の時代、長安の知事と警察長官を兼ねる『京兆尹』という役職があった。謀反を未然に防いだ功によって抜擢された『不疑』は、厳格でありつつも慈悲を忘れず、辣腕と名高い。ある日、天子の色である黄色の車に乗った謎の男が宮廷に現れた。男が反乱を起して殺されたはずの皇太子を名乗ったことで、宮廷は混乱の渦に巻き込まれる。書籍化初の中編『不疑』をはじめ、葉室麟が遺した渾身の作品、全6編を収録。」

 

鬼火

 京に残った、芹沢派、近藤・土方派、根岸派が対立する中で、根岸派の幹部殿内義雄を殺す刺客に選ばれたのが芹沢と沖田総司だった。少年時代に遭った性被害がフィードバックした沖田は殿内を斬り損ね、芹沢が殿内を斬殺した。芹沢は心の底から笑うことができなくなった沖田の心をほぐしていった。芹沢派と近藤・土方派が対立する中、沖田を単なる人斬りにしたくなかった芹沢が、沖田が殺そうとした女を庇って沖田の刃に倒れる。土方は芹沢と女にも止めを刺した。沖田は芹沢を殺して初めて悲しみを知り慟哭した。

 

鬼の影

 血気盛んな堀部安兵衛のことを心配した大石内蔵助は御家再建のためには安兵衛を斬るしかないと考えた。安兵衛は大石の考えを理解すると、大石から待てと言われれば百年でも待つと言った。大石の従容として義に就くという姿に、大石より年上で永年京都留守居役を務め、赤穂随一の歌人といわれた小野寺十内や安兵衛は鬼に従う影のようであった。

 

ダミアン長政

 秀吉の命に従い朝鮮出兵に応じた黒田長政だったが、長政は追撃の手を緩めたという石田三成の讒言により苦しめられた。秀吉の歿後、キリシタンだった長政は「豊臣家に神の罰を下してくれる」という言葉を口にしたが、如水の教えを守り、謀など知らぬ猛将と見られるよう振舞った。三成は秀吉・秀頼への忠義を果たすため、長政に「啐啄同時」という言葉を託し、誰よりも先に家康との戦いで負けて斬首された。長政は三成の言葉の意味を理解し、早々に家康に味方すると言い出したことで小早川秀秋吉川広家を調略することに成功し、これが家康の勝利を導くことになったが、他方で、三成の思惑通りに秀頼が大人になるまで誰も手を出すことができない体制を敷くことに協力した。

 

魔王の星

 松永久秀に続いて荒木村重も謀反に動いた時、信長の頭上に彗星が現れた。織田信長の次女冬姫の夫・蒲生忠三郎は、高山右近から“あもーる”(人を大切に思う心)のある人はキリシタンになると聞き、側室を置くつもりのない忠三郎は自らも入信する時があるかもと思った。キリシタンの持っている知識に強い興味を持つ信長は暦を始め天文学にも強い関心を示した。信長は何度も巨大な彗星を目にしていた。果たして信長は魔王だったのか。

 

女人入眼

 入眼とは叙位や除目の際に官位だけを記した文書に氏名を書き入れて総仕上げすることだ。北条政子は弟義時と共に鎌倉を率い、後鳥羽上皇は鎌倉を落とすために兵を挙げた。承久の乱勃発である。そして武家政権にありながら京から皇族将軍を迎い入れ、女人入眼を果たした。

 

不疑

 長安の知事と警察長官を兼ねる役職「京兆尹」の中で辣腕と呼ばれた不疑は、武帝歿後5年程すると全身を黄色で固めた美鬚の男が9年前に死んだはずの前帝の太子(衛太子)だと名乗って現れた。長安が大混乱する中、不疑は罪人に過ぎないと断じ、その証拠を掴むために弟たちに協力してもらって捜査を進めると、決定的な証拠を得るとともに不思議な結末を迎えた。