散り椿《下》 葉室麟

2020年5月20日発行

 

采女の回想(新兵衛が国を出る破目に陥った時、采女は新兵衛が篠を坂上家に戻すのを期待した。が篠は国許に留まらなかった。篠は采女のもとに行くことを望まなかったからだと思い寂しさを感じた)。道場に現れた新兵衛に十五郎が稽古と称して雷斬りを実演させ、この返し技を披歴した。ほんの少し前まで十五朗はこの技で覆面を斬られており、この返し技を考えたのが采女か三右衛門かどちらかだった。執政会議で采女は平蔵と田中屋との関わりを疑われた一件の証拠が奪われたと思うとの意見を述べる。家老は起請文の行方を知っているのは藩主だけで自分も知らないため、その行方を探るために田中屋襲撃の一件を執政会議で持ち出していた。蜻蛉組の名前で采女が呼び出されると、三右衛門が現れて刃を向けた。するとそこに新兵衛が現れたが、3人はもはや昔の3人ではなかった。が決着をつける時ではなかった。采女の再びの回想(16年前平蔵が亡くなった時を思い出す。人身御供にされそうだった平蔵が江戸に訴え出ようとした際に偶然出会った采女が刺客だと勘違いして斬り付けたために采女は平蔵の刀をかわし無意識に平蔵の小手に斬り付けた。その後の記憶が途切れている。再び気付いた時、倒れていた平蔵の傍らに三右衛門が立っていた。三右衛門から陰謀の正体を知った采女は屋敷に戻り、死体の検分に立ち会ったことを想い出す)。藤吾が巧妙な十蔵の言動に騙されて拉致され、起請文を持って田中屋に来い、人質と引換えにするとの脅しの書状が新兵衛の下に届いた。新兵衛が田中屋に向かうと、十五郎が現れ起請文は石田派に渡すのでなく自分に渡せと迫った。十五郎の返し技を受けて新兵衛は返し技を工夫した者を思い出し、十五郎を斬らずその場を立ち去った。田中屋の土蔵に幽閉された藤吾を助けに新兵衛がやってくると、その隣には奥平刑部がいた。刑部は石田に起請文を取り返させようとしたが、新兵衛がこれに邪魔されたので藤吾を拉致したことを明かした。しかし藤吾は蜻蛉組に救出されていた。時間稼ぎに成功した新兵衛は起請文をその前に采女に渡すよう里見に頼み、里見は采女に渡していた。起請文を手に入れた采女と御世子派が石田派より有利に立った。石田派の残された一手は御世子の暗殺だった。これが実現すれば刑部の孫が藩主の座に就ける。ともあれ御世子の国入りで全て決着がつく。藩主親家と世子政家の一行が城下に入り、御世子の領内巡視が行われた。警護に新兵衛がついたが、多勢に無勢で新兵衛は足止めを食らった。御世子が狙われていると感じた新兵衛は藤吾に御世子に緊急事態を伝えさせたが、間に合わず、銃弾が放たれた。銃弾は御世子の影武者となっていた三右衛門に命中した。三右衛門は死ぬ間際、藤吾に平蔵殺しの真犯人は自分だと明かした。乱心した平蔵が采女を斬りつけようとした時に采女が平蔵の小手を斬ると采女が呆然として動けなくなり、その瞬間、三右衛門が飛び出して平蔵の首筋を斬り上げた。だが、采女は自分が斬ったのだと思い込み、三右衛門は思い違いを正そうとしたが果たせなかった、采女鷹ヶ峰様と石田を殺したら自分も死ぬつもりだと藤吾に教え、実は自分が蜻蛉組の組頭であることを明かした。娘の美鈴との縁組を破談にしたのも、いずれ蜻蛉組や自分が石田に狙われることを思ってのことであったとも。そして美鈴の事を頼むといい、息を引き取った。これを藤吾から聞いた新兵衛は三右衛門が御世子の身代わりになるよう仕向けたのは采女だと言った。その間に御世子が田中屋を忍び姿で訪れた。起請文を持ち出し、水路を作るために今後は金を自分に渡せと命じた。采女は御世子の政家に知恵を授け、刑部の息子で旗本神保家を継いだ弾正家久とも話をつけて田中屋を抱き込むことに成功した。それに油断したのか、采女が傍にいながら政家が田中屋で茶を飲むと毒が含まれていた。石田は政家を城に連れ戻し、政家に付き従っていた采女を謹慎させ、田中屋はじめ使用人全てを捕縛し、三右衛門を病死として扱った。石田は、源之進が采女を庇って自害したことを知っていたが、采女はそれを知っても素知らぬ顔をし、秘密を知っていた三右衛門を御世子の身代わりで死なせたと考え、采女の恐ろしさを誰よりも理解していた。この先は采女と新兵衛との篠をめぐる二人の心のすれ違いざまが詳細に描かれれている。本作の圧巻だと思う。篠は18年前、想いを寄せる采女に別れを告げて新兵衛と共に藩を去ったが、病死する直前、采女を助けろという遺言を新兵衛に残した。篠は、自分を追って死のうとしている新兵衛は采女と同様、世に出る人物である考え、本心を隠して新兵衛を生かすために切ない嘘の遺言を残していた。采女は新兵衛に、「くもり日の影としなれる我なれば 目にこそ見えね身をばはなれず」との和歌が書かれていた篠の手紙を見せた。当初采女は心は采女から離れないと思い込んでいたが、そうではなかった。采女は新兵衛に、篠は自分の後を追って新兵衛が死ぬのではないかと案じ、新兵衛を生かすために采女を助けてほしいと、心にもないことを言わねばならなかった、その辛さが分からんのかと涙ながらに訴えた。采女は家老に屈服する覚悟をし、総登城の際、家老に言われるままに目の前で土下座するために家老に近づくと、突如、家老を斬り付けた。城内での刃傷は切腹ものだと言い、采女が取り囲んだ藩士たちから斬りつけられ血だらけになった姿で、「上意でござる」と述べて絶命した。御世子が現れ、家老に対し、采女は乱心でなく上意であると告げる。采女は一命を取り留めたが、お役御免となり隠居した。刑部の前に御世子、新兵衛、藤吾が現れ、たくらみ事は一切しないと刑部は誓いを立てさせられた。刑部はこれまで通り家久への手当が続くと聞いてこれに従った。藤吾は美鈴と共に榊原采女家の夫婦養子となることを命じられ、坂上家は藤吾の子に継がせることになった。藤吾が父のように慕った新兵衛は、里見が篠にたびたび見えたため、篠に殉ずる想いを守ろうとし、里見に、いつかまた椿の花を見たいと思う日が来るかも知れないと言い遺して、一人旅立った。

 

うーん。凄い小説ですね。ジェットコースターのようなストーリーの展開はジェフリー・ディーヴァー級だけれども、人間の心象描写は葉室麟さん特有の超一級のものです。もしかすると私の中では本作が葉室麟ベストワンかもしれません。