暗殺の年輪 藤沢周平

昭和60年10月10日発行

 

黒い縄

上総屋の姑から酷い仕打ちを受けて出て、実家の材木商下田屋に戻ってきたたおしのは、一度は訪ねて来るだろうと思っていた元夫が半年経っても来ないのに苛々していた。元岡っ引で今は植木屋の手伝いをしている地兵衛が下田屋の庭で鋏入れをしていたある日、おしのは、母親と地兵衛に、以前よく下田屋に遊びに来ていた宗次郎に10年ぶりに上総屋に出かけてその帰り道で会ったことを話した。すると地兵衛は猟師の眼を光らせ、宗次郎はいまは江戸にいないはずと言って帰っていった。伝えてはいけない相手に伝えたことを後悔したおしのは、宗次郎が何をしたのか地兵衛を訪ねると、おゆきという情婦を殺して逃げたと聞く。その帰り道、おしのは宗次郎のだちという男から今夜五ツに三ノ橋に出て来てほしいとの言付けを聞く。地兵衛から聞かされた話が本当かその男に聞くと、違う、濡れ衣だ、逃げているが、本当の犯人を探しているという。約束の場所に行き、宗次郎は小舟におしのを乗せて、宗次郎と出会ったことを地兵衛に話をしたことを告げる。それを聞いて宗次郎は合点がいった、最近付けられている気がしてならなかったという。宗太郎はおゆきを殺したのは掏摸を働いていたおゆきを囲っていた50代の男だと言っていた。おしのは宗次郎がおゆきを好いていることを知り自分では宗次郎の心を揺さぶらないことを感じて帰った。元夫が訪ねてきたが、憎しみが首を擡げて二度と会うことはなかった。父親が後妻の話を持ってきたが、気持ち悪いと言って断る。ある夜、宗次郎がおしのを訪ねて来た。おゆきを殺した奴が分かったので、江戸を離れるという。誰なのかと聞くと、地兵衛だったらどうします?と聞く宗次郎。宗次郎は地兵衛が単身で自分を追っていること、地兵衛が掏摸仲間を全く調べていないこと、おゆきの住む長屋から出て来た地兵衛を見た女がいたことから、話が繋がった。おしのは散々心配させて不意にお別れに来たなんて気楽だと嫌味を言うと、そこに地兵衛がやってきた。障子が開くが、やがて障子は閉まり、跫音が遠ざかった。おしのは宗次郎に自分も連れて行ってくれと頼む。新高橋を渡ろうとした時、地兵衛が待っていた。地兵衛ともつれ、地兵衛は死んだ。おしのに戻れという宗次郎。最後に顔を見せてくださいと言って消えていった宗次郎だった。

 

暗殺の年輪

第69回直木賞受賞

10年以上も同門の仲だった海坂藩の貝沼金吾は、ある日、周囲の愍笑が父の横死に原因があると感じていた葛西馨之助(けいのすけ)に、帰りに家に寄らないかと声をかけてきた。

貝沼家に行くと、家老、組頭、郡代の3人が座っていた。突然、郡代から「これが、女の臀ひとつで命拾いしたという倅か」と言われ、藩の柱石と言われる中老の嶺岡兵庫をどう考えると尋ねられ、20年前と同じように藩を二つに割る藩内事情を説明された。そして貝沼と一緒に刺す役目を引き受けてもらいたいと言ってきた。即座に断るが、貝沼から、そのうち自分で斬りたくなる、母上にでも聞かれたらよいだろうと言われる。母の長兄を訪ねて父がどうして斬り殺されたのか尋ねたが、知らぬという。が調べていくうちに遂に母と嶺岡の関係を知り、長年愍笑されてきた理由が分かり、母に詰め寄った。酒を飲みに、いつもの店に行き浴びるように飲む。家に帰ると母は穏やかな死相をしていた。貝沼に刺殺を引き受けるというつもりになった。その当日、嶺岡を待ち伏せているところに、貝沼の妹が現れ、兄が来ないこと、馨之助一人にやらせようとしていることを告げ、逃げるように言うが、馨之助は一人でもやらねばならぬと言って妹を一人で家で待つように言う。護衛を斬り、嶺岡と対峙する馨之助は葛西源太夫の子であると名乗っても嶺岡は怪訝な表情をするだけ。嶺岡を討ち取ると、7,8人の覆面男が馨之助を襲う。汚い企みにつき合う必要はないと感じた馨之助は、貝沼の妹が待つ我が家でなく、飲み屋の店に足が向かった。

 

ただ一撃

藩主の前で、試技を申し出た浪人の清家猪十郎は、次々と若侍を4人まで打ち倒していく。日を改めて試合は続行することになったが、次の清家の相手を誰にするか。藩に召し抱えられた兵法者の菅沼加賀と藩主の叔父甚三郎が相談しているうち、叔父が思い出したのが今は隠居の身になっている刈谷範兵衛であった。範兵衛は、息子夫婦の厄介になっていた。今や単なる老人でしかない範兵衛だったが、清家が一度屋敷に姿を現した時から山に籠って修行を再開する。範兵衛を見た者は天狗だと思った。やきもきする息子をしり目に範兵衛は試合の直前に戻り、試合当日も難なく勝利する。ただ一撃だった。試合の直前に息子の嫁三緒を荒々しく犯した。三緒が自害したが、理由は三緒の躰が不意に取乱して歓びに奔ったためそれを恥じて死んだと思っている。三緒がいつも差し出してくれた鼻紙はいまは息子の後妻が胸元にぶ厚く差し込まれている。