オランダ宿の娘 葉室麟

2020年10月15日発行

 

裏表紙「日本とオランダの懸け橋に。〈長崎屋〉の娘、るんと美鶴は、江戸参府の商館長が自分たちの宿に泊まるのを誇りにしていた。そんな二人が出逢った、日蘭の血をひく青年、丈吉。彼はかつて宿の危機を救った恩人の息子だった。姉妹は丈吉と心を深く通わせるが、船問屋での殺しの現場に居合わせた彼の身に危険がふりかかる……『シーボルト事件』などの史実を題材に、困難な中でも想いを貫いた姉妹の姿を描く歴史小説の傑作」

 

第一部

オランダ使節団の定宿で阿蘭陀宿“長崎屋”の主人源右衛門とオランダ通詞の沢助四郎は幼い頃からの友人だった。助四郎の息子駒次郞は4年前、現在のオランダ商館長カピタン(ヤン・コック・ブロムホフ)の江戸参府に伴って江戸に来て以来、長崎屋に逗留していた。源右衛門は18歳の駒次郎がるんと美鶴と親密であることに最近気を揉んでいた。ダップルという洋名を持つ鷹見十郎左衛門は天文、地理、動植物に至るまで蘭学の知識を吸収し、最近、妻の富貴のために良薬とされるテリアカを求めていた。入手が難しく明年来日するシーボルトなら手に入れることができるかも知れなかった。昔の長崎オランダ商館長ヘンドリック・ドゥーフには道富丈吉という息子がいて、長崎奉行所の唐物目利をしていた。丈吉はるんと美鶴に会うために長崎から江戸にやってきた。長崎屋に預けられている京都の阿蘭陀宿海老屋の三男坊の沢之助は、源右衛門がるんか美鶴の婿にと思って呼び寄せた男だったが、思いのほか遊びなれていた。テリアカのことを聞いた丈吉は、回船問屋会津屋が買い求めていたと言い、るんと美鶴、丈吉と沢之助は、回船問屋を訪ねた。会津屋が言うには、テリアカはスペインの通貨カルロス銀貨でしか手に入らず、カルロス銀貨は勘定奉行を務めた遠山左衛門尉景晋(かげみち)が持っているから、長崎屋から遠山にお願いするのがよいという。カルロス銀貨を手に入れた由来を説明して景晋はドゥーフの息子丈吉に銀貨を戻し、テリアカを3日後に入手することになった。丈吉とるん、駒次郎と沢之助が会津屋に着くと、番頭が殺されていた。丈吉が江戸にいることがばれるのはまずく、遠山にも迷惑をかけられないので、事件を届け出られなかった。番頭殺しの犯人は丈吉の懐からカルロス銀貨を掠め盗っていた。源右衛門は駒次郞や丈吉を長崎に帰した。抜け荷の疑いがある会津屋に関わること自体、大きな問題になりかねなかず、間もなくシーボルトが来日するからだった。るんは駒次郞に4年も会えないのが辛かった。美鶴は丈吉に4年後に会えるのが楽しみだった。

 

第二部

2年後、長崎・出島の三番蔵で、丈吉が死体で見つかった。死因は分からない。商館医のシーボルトが検屍し、心臓の発作のようだと言うが、近くにカルロス銀貨が落ちていた。番頭殺しの時にもその場にいた猿を丈吉の死体傍でも目撃した者がいた。2年前の会津屋での殺人事件と丈吉の死は関係があるのか否か。丈吉の死に不審を抱いた駒次郎の言葉からシーボルトも不審を抱いた。丈吉はシーボルトが阿蘭陀人でなくドイツ人であることを知っていた。猿を連れ歩いていたのは間宮林蔵シーボルトと面会した。江戸に参府するオランダ商館長スチュレルに同行してシーボルトは江戸に向かった。今度は大通詞が殺された。シーボルトは駒次郎に長崎に戻るのは危険だから江戸に残れと言った。駒次郎はシーボルトが長崎に戻った後も江戸に残り、シーボルトとの橋渡し役を務めることになった。るんは駒次郎が江戸に残ると聞いて喜んだ。駒次郎とるんは林蔵を訪ねた。林蔵は自らの樺太調査だけでなく、丈吉が国禁を犯す恐れありとして見張っていたこと、その延長で番頭殺しの現場にいたことや、遠山のために丈吉から銀貨を奪ったこと、そして丈吉が長崎に戻った後に銀貨を返そうと思っていた矢先に丈吉が殺されていたということを明かした。伊能忠敬の『大日本沿海興地全図』を仕上げた幕府天文方の高橋作左衛門景保はシーボルト蝦夷図を送った。御殿医の土生玄碩がシーボルトに葵の御紋の紋服を献じていた。

 

第三部

シーボルトは遊女其扇との間に娘イネをもうけた。シーボルト高野長英に日本地図の整理をさせていた。葛谷新助にも手伝いをさせた。駒次郎とるんの祝言の日に林蔵が現れ、シーボルトが日本地図を手に入れたとなれば訴え出ていく必要があり、早く国外に退去するよういった。林蔵はシーボルトから贈られたものを勘定奉行所に届け出た。シーボルトを密告したことが広まった。シーボルトに地図を送ったのは高橋作左衛門ではないかと疑われ、高橋作左衛門の他、長崎屋の源左衛門も調べられた。駒次郎とるんは遠山の屋敷を訪ねて相談すると、日本地図だけの問題でなく江戸城の見取り図がオランダに渡った疑いがあり、事は深刻であることを教えてくれた。シーボルトは高橋作左衛門に世界周航記や蘭領印度の地図、オランダ地理書を贈り、代わりに江戸城の見取り図を欲しがった。シーボルト奉行所の手が伸び、出国が禁じられ、駒次郎を始め通詞も身柄が確保され、娘イネも出島から立退きが命じられた。調べの途中で高橋作左衛門が急死した。江戸で火事が起きて切り放しがなされた。駒次郎は回向院に戻るようにと言い渡された上釈放された。長崎屋で待つるんの下に駒次郎は戻ってきた。海蛇の一味が口封じにやってきたが、長崎屋源左衛門の妻おかつの幼なじみで占いを行っている妙心尼が火事の原因を明らかにするとともに、火が回り梁が落ちる中、駒次郎とるんは海蛇の一味から逃げるのに成功した。シーボルトは永久国外追放となり、最後に林蔵が駒次郎とるんの前に現れて全ての種明かしをした。林蔵はその後も会津屋による密貿易を暴いた。シーボルト事件の密告者として汚名だけがついて回った林蔵だったが、シーボルトは日本辺界地図に間宮林蔵の名を書き入れ不朽のものとした。