憂き世店《下》松前藩士物語 宇江佐真理

2021年11月20日発行

 

なみは長女友江を出産した。総八郎は将来に備えて浪人を集めて情報交換を主とした勉強会を開いた。裏店で嫌われ者のおもんが箒星に願いをかけることもなく労咳で亡くなった。亡くなる直前、おもんは友江をだっこしたかったなあとつぶやく。移してはいけないと思って子ども嫌いな振りをしていただけだったのかもしれない。友江は10歳になった。小間物屋「紅屋」で店番をするようになったが、おかみの連れ合いの安吉は友江にちょっかいを出すようになった。二度と店番をさせないと決めたなみだったが、ある時、安吉がいない時に友江をとん七と一緒に店番に出した。ところが安吉がいてとん七を殴りつけ、とん七は死んでしまった。総八郎も45歳になった。誰もが帰封は叶わぬと思う中で総八郎だけは蠣崎家老が奮闘する中で諦めるわけにはいかなかった。なじみの一膳めし屋「千福」で親友とその話をしていると、大工の巳之吉から、指をくわえてみているだけでなく、自ら家老に何でもするから雇ってくれとお屋敷にかけつけろ、他力本願はダメだと諭された。総八郎は行動に移して執政波響に目通り、波響は水野の独断で帰封を実現した。総八郎は広瀬川の傍らの墓所一墓一墓に線香を手向け亡くなった藩士になみと友江の3人で掌を合わせた。気温が下がり空気中の水分が氷となって陽の光が虹の色に変える彩雲が空に現れた。総八郎は普請奉行所に配属された。藩主の伴として江戸に赴いた総八郎は裏店を訪ねると全ては様変わりしていた。帰封から4年後、波響は63歳で没した。