エーゲ海に捧ぐ 池田満寿夫 芥川賞全集第11巻

1982年12月25日第1刷 1995年4月10日第4刷

 

第77回昭和52年上半期

サンフランシスコのアトリエには、私と、愛人で全裸で横たわっているアニタと、カメラマンのグロリアの3人しかいない。私は、日本の妻トキコからの国際電話に延々と付き合わされていた。トキコにとって外国のオンナは、青い目をした金髪女らしく、電話で私のそばに金髪の女がいると延々と責め立てた。がアニタはそうではない。髪は黒に近く、ハンガリーの血が混ざっていた。受話器を握る私の位置からは、アニタの地中海がよく見えた。アニタは飛びきり上等の蜜の味を持っている。グロリアはアニタの地中海に強烈な照明を浴びせかけた。アニタが足を動かしたので、蜜の巣の範囲がさっきよりも拡がった。グロリアの姿はどこにも見えなかった。トキコを日本に残して私は10年前に単身外国に渡り、1年前にイタリア旅行で知り合ったアメリカ人のアニタは、グロリアをアトリエに連れて来た。グロリアは私の女ではない。私はグロリアのエーゲ海を見たことがない。私は妻からの長電話で身動きとれずにいたが、いつしか私の目の前にグロリアが現れてアニタの体にキスをし、全身を愛撫し始めた。グロリアはセーターを着ていたが、ブラジャーをつけておらず、乳首が隆起していた。トキコの国際電話の料金は私持ちだったので、2時間近く経って、私の貯金がどんどん減っていった。トキコ尿道炎を私のせいにし、一緒になって7年も経つのにまだ女の扱い方を知らないの?と言ったが、不思議とアニタ尿道炎にかからなかった。長電話をする私にグロリアが近づいてきた。グロリアは下半身裸で、エーゲ海砂丘のようにしか見えなかった。が一本の赤身をおびた溝だけが生々しく見えた。グロリアが私に近づき、私の両脚の間に顔を埋めて来た。私のズボンを脱がし、私の岬がグロリアの口腔のなかで膨張したようだった。私はグロリアのブロンドの髪にカンザシが刺さっていたのを見たが、電話に気をとられていると、カンザシが見えなくなった。カンザシはアニタの手に握られていた。カンザシの突端は針の先のように砥ぎ澄まされていた。

 

要するに、アニタのあそこを地中海、グロリアのをエーゲ海と表現し、延々と地中海やらエーゲ海やら、岬やら性描写が続いている。そして物語は、エーゲ海に奉仕されそうになるが、不気味に終わる。こういう性描写が珍しくて、当時芥川賞を受賞したのかしらん?