2015年6月10日
飲み友達
定年退職を控えていた辻村は、妻と死に別れたこともあってか、かつての上司から、東京を離れて福岡に行くため、社内の独身で控えめな女性・久子の話し相手になってやってくれと頼まれた。関係を2年程続けて定年退職を迎える辻村は自分の後に、同じく妻と死別した後輩に久子を託した。その後、辻村は後輩から久子に結婚の申し込みをしたと聞く。久子には自分との関係や上司との関係を後輩には伝えていないと言って安心させた。
定年退社した能勢は、ショッピングセンターの喫煙コーナーで知り合った菊川と飛田の2人と、定休日以外はいつも午後一杯一緒だった。お互いやることがなく暇を持て余していた。ある日、飛田だけ姿を現さなかった。翌日、ほとんど音信不通にしていた弟の見舞いだったという。飛田は一人で通夜・火葬場に行く予定だったが、能勢と菊川は付き合うことにした。同じような境遇の3人は、今後、病気や葬儀になった時は助け合おうと言った。
花火
結核で胸郭成形術を受け、肋骨を五本も切除する手術を担当して命の恩人となった執刀医の死を新聞で知り仮通夜に参加した。通夜参加後、長男夫妻と長女夫妻と一緒に熱海で合流して花火を見た。孫を抱きながら孫が花火に興奮する姿に、あの時自分が死んでいたら孫がこうして自分の腕の中で体を弾ませることもなかったと思ったという、著者の体験のような話。
受話器
中学校時代の気の合った友人たちで小旅行をしていた塚崎、白井、千原。千原は最初の妻と離婚したし、すぐに20歳以上も歳の差がある女性と再婚した千原だったが、塚原が千原に電話すると、いつも千原が電話口に出ていた。塚崎は白井から千原が死んだと聞いた。再婚した後すぐに別れていた。受話器の向こうに人の気配を感じなかったのは事実だった。
牛乳瓶
戦時下、牛乳店の店主高橋に召集令状が届き、高橋は出兵したが戦死した。妻が牛乳店を切り盛りし、店で客が買ってくれると牛乳瓶を取り出した。息子や甥っ子が店を手伝ってくれた。やがて牛乳瓶のふれ合う音が絶えた。一般の販売が禁止され、病院に納められるだけになった。
寒牡丹
定年を迎えた主人公の一人娘の結婚式が近づいたある日、妻は「あなたは昨日、定年退職しましたけれど、私も定年を迎えたのよ」「定年になりましたから、家庭の勤めをやめます」「退職金の半分をいただきます」という。長女のことが気がかりだったが、結納も済ませたし心残りはなく家を出ると。結婚式の当日、妻が着物姿で突如現れ、如才なく花嫁の母親を演じていた。
光る干潟
浦安の遊園地に妻や長男夫妻・長女夫妻と珍しく一緒に出掛けた主人公は孫が可愛くホテルにも一緒に泊まった。帰りは一人でバスで帰り、江戸川河口付近に出ると広大な干潟が見え、蛤が採取され細い道は貝殻層で覆われていた。不意に一つの情景がよみがえった。B29が墜落し、遺体を足蹴にして笑い声をあげた女たちの声と、それを見送った老人のつぶやきを思い出した。
碇星
定年退職後も嘱託として週3日働く望月は、かつての上司から葬式のことを頼まれた。棺は窓のないものにしてほしい、望遠鏡でカシオペア座の碇星を見ていると死が怖くなくなる、死んでからもずっと碇星を見つめていたが、窓が開いてのぞき込まれてはたまらないかと言われた。何か意義深い時間が2人の間に静かに流れた感じがした。
著者のあとがきによると、著者は、長編小説を書き上げると、2,3か月は放心状態が続き、それを抜け出して再び小説を書く活力を回復するために短編小説を書いているらしい。
それにしても、少々、古き良き昭和の時代の匂いが強い短編集でした。現代でこのような小説を発表したら、別の意味で問題にされかねないように思います。