藤村詩集・嵐 島崎藤村

1975年1月初版発行 2004年4月第19刷発行

 

浪漫主義の新しい思潮の中で日本近代詩の夜明けの幕を切り開いた藤村は詩から小説へと移っていった。その原点が「千曲川のスケッチ」だった。本書には収められていないが『破壊』により自然主義の作家として不動の地位を確立した。その後、本書に収められている『嵐』等を発表した。享年71歳。

本書に収録されている『藤村童話』は「雀のおやど」「荷物を運ぶ馬」「ふるさとの言葉」で構成されている。

『藤村詩集』合本詩集初版の序には「生命は力なり。力は声なり。声は言葉なり。新しき言葉は、すなわち新しき生涯なり」とある。

有名な「千曲川旅情の歌」

「昨日またかくてありけり 今日もまたかくてありなむ この命なにをあくせく 明日をのみ思いわづらう 

 いくたびか栄枯の夢の 消え残る谷に下りて 河波のいざよう見れば 砂まじり水巻き帰る

 嗚呼古城なにをか語り 岸の波何をか答う いにし世を静かに思え 百年もきのうのごとし

 千曲川柳かすみて 春浅く水流れたり たたひとり岩をめぐりて この岸に愁いを繋ぐ」

「子に送る手紙」は、関東大震災大正12年9月1日)の当日から4日間の当時の様子を詳しく長男楠雄に宛てて送った手紙という体裁になっている。東京朝日新聞に震災の1年後の大正13年10月1日から22日まで連載された。火災が広範囲で広がり悲惨な状況となり市民の不安や動揺さらにはデマなどが詳しく伝えられている。

「嵐」は男3人と女1人の4人の子を育てる父親の姿を描いた物語。私小説らしい。「嵐」というタイトルからどんな嵐が巻き起こるのかと思っていたら、育児奮戦記というような意味で「嵐」というタイトルが付けられたように思う。子の一人ひとりの個性に父親がきちんと向き合い、長男や次男が父親の元から独立して生活していく様が描かれている。

全体的に読み易い文体だと思う。が、血沸き肉躍るといったような過剰な表現はあまり見られず、落ち着いた文体で書かれているとても優しい作品だ。