月下の恋人〈下〉 浅田次郎

2016年6月10日発行

 

黒い森 10年ぶりにドイツから日本に帰国した40歳を越えた商社マンが部下の30歳の女性と内々で婚約すると、会社役員会で普段現れないかつての相談役からは大問題だと言われ、母からも結婚するなと言われ、何故なのか全くわからない。男性に自らの素性を一切明かさない女性だけに何か秘密があるのかもしれないが、ヒントが全くない。読者に考えて下さいという作品である。

回転扉 孤児だったが女優で成功したSは、これまで10年ごとに回転扉で男と出会うたびに運命が変わる。女優を捨てて結婚する相手に巡り会ったのに回転扉で1時間のうちに2度も男に会うと、結婚が取りやめに。舞台の上が本物の私で、目の前の私は私でないという。

同じ棲 6年程不倫を続けた男が女性とやり直すために廉価なマンションを借りた。週末に会う関係だけだったが、ある日マンションに入ると、老人がいた。女性にも相手がいるとは思ったが老人だったとは。女性がマンションに行くと別の女性がいた。男はよく考えてみると幽霊だと思い、不動産屋に文句を言いに行った。ってことはこの別の女性は奥さんってこと?

あなたに会いたい 一度は捨てた故郷だが、40年ぶりに講演に戻る。レンタルカーでカーナビに誘導されるままに到着したのは古ぼけたラブホテルだった。かつて1年程付き合った女性とよく利用したホテルは倒産していた。バックギアを入れようとする手にひんやりとした女性の手が被さった。こちらも幽霊?

月下の恋人 18歳の同級生同士が3年付き合い、別れ話をするために海を見に熱海の旅館に入った。女は一緒に死のうと言い、男も死を覚悟した。混浴風呂に一緒に入ると、一足先に別のカップルが沖に向かって心中するのを目撃した。そのまま二人は引き返し行き別れた後も同窓会で毎年顔を合わせた。

冬の旅 雪国の冒頭は「コッキョウ」なのか「クニザカエ」なのか。それを突き止めるために中3か高1で夜行列車に乗った著者。列車の中で出会った男女がいつの間にか父母となり、越後湯沢を越えて二人にあわせて列車を降りた。幻想のようだが現実のようでもあり、晩年になるほど父母から忌避された著者は、越え難い国境の峠を越えたことを実感して、読み方はどうでも良くなった。