獄中記  オスカー・ワイルド  田部重治=訳

昭和 25 年 12 月 13 日初版発行 平成元年 10 月 26 日 22 刷発行 平成 10 年 4 月 25 日改訂初版発行 平成 10 年 5 月 5 日改訂再販発行

 表紙裏には「同性愛の廉で罪に問われ、懲役 2 年の判決を言い渡されたワイルド。『獄中記』は彼が牢獄から同性愛の相手ダグラスに宛てた書簡集である。その内容と思索からは、芸術と実生活で唯美主義を実践した著者の『深淵からの叫び』が聞こえてくる。イギリス世紀末のデカダンスとダンディズムの指導者だった異端の文豪ワイルドが綴る、告白文学の最高傑作」とある。
 聖書、ダンテ『神曲』、シェークスピアを始めとして、古典的名作が随所に引用されている。これらの基本的知識がないと本書を理解するのは難しいように思う。
 「私は悲哀が人間の感得しうる最高の情緒であるので、それが、あらゆる偉大なる芸術の典型であり、同時に試金石でもあることを、いまにして知った」「悲哀に匹敵しうる真理はない」「私には悲哀が唯一の真理であると見えるときがある」「悲哀から数々の世界は作られた」「悲哀には或る強烈な異常な現実性が漂っている」「苦悩こそあらゆるものの背後に隠されているものである」、その上で「かほどまでに完全に悲しみと美とがその意味と表現とにおいて一体となりうるこのキリストの全生涯は、実は一篇の牧歌なのである」「生きているうちに、『自己の魂を自分のものにする』人々が余りにも少ないのは悲劇的なことである。エマスンは『いかなる人においても自らの行為ほど稀れな尊いものはない』と言っている。全くその通りである。大抵の人々は他人の生活をしている。彼等の思想は他人の意見であり、その生活は人真似であり、その情熱は他からの借り物にすぎない。キリストは最高の個人主義者であったばかりでなく、実に歴史あって以来の最初の個人主義者でもあった」「いずれにしても、私はただ、自己発展の途上をひたすらに進んで行くことができるのみである。そして自分の身に起こったことのすべてを快く受け入れ、それに値する自己を作ればよいのである」と述べる。

 この辺りにオスカー・ワイルドの精神的な強さと表現の巧みさが現れているように思う。