2013年2月初版第1刷発行
表紙裏には「かつて、自分の描いた絵を見てほしいと言って、ぼくを訪ねてきた若者がいた。やがて彼は北海道で漁師になる。画家の志と、現実の暮らしの間に生じる青年の深い悩みを、ぼくは想像する」とある。
訳者の解説には、本書のテーマは「何不自由のない立場にある有産階級の芸術家が、生活と芸術のはざまで悩み苦しむ芸術家志望者の生き様と作品に刺激を受け、そこから芸術全般が生まれてくる産みの苦しみと歓びを賛美する」とある。
著者は最終章で「『すべてをなげうって芸術家になったらいいだろう』とは、君に勧めなかった。それを君に勧めるものは、君自身しかいない。君が、ただひとりで耐えなければならない悩みや苦しみーその生みの苦しみは、君自身の苦しみだ。君自身で癒さなければならない苦しみだ。」「ほんとうに、地球は生きている。生きて呼吸をしている。この地球が、生み出そうとする悩み、この地球の胸の中に隠れて、生まれ出ようとするものの悩みーそれを、ぼくはしみじみと、君のおかげで感じることができる」と書いているが、この事を書きたくてこの小説を書いたのだと思う。
途中の、荒れ狂う海上で一艘の船が沈没しかねない描写は迫力満点だ。今回の知床遭難事故の時もきっと乗客の方たちは同じような死の恐怖を感じたに違いない。違いは今回の事故は半ば人災とも言えるところだろう。
訳者解説には、有島武郎は横浜英和、学習院中等全科卒業後、札幌農学校で学び、ハバフォード大学院、ハーバード大学で歴史と経済学を学び、この留学を契機に社会主義に傾倒し、帰国後、白樺派と出会い、当時主流だった自然主義に反発していった。
本書のモデルは岩内町の漁師であり画家、木田金次郎。木田から送られてきたスケッチブックや手紙から「芸術とは何か」を問うた有島。晩年は人妻と心中を遂げて死す。