高村光太郎詩集 道程 編者伊藤英治

2009年11月10日第1刷発行

 

「一 詩人」で13編。有名な「道程」はここに。

「二 風にのる智恵子」で10篇。有名な「あどけない話」はここに。

「三 樹下の二人」で10篇、「四 山のともだち」で9編。

 

道程

 僕の前に道はない

 僕の後ろに道は出来る

 ああ、自然よ

 父よ

 僕を一人立ちにさせた広大な父よ

 僕から目を離さないで守る事をせよ

 常に父の気魄を僕に充たせよ

 この遠い道程のため

 この遠い道程のため

 

あどけない話

 智恵子は東京に空が無いといふ、

 ほんとの空が見たいといふ。

 私は驚いて空を見る。

 桜若葉の間に在るのは、

 切っても切れない

 むかしなじみのきれいな空だ。

 どんよりけむる地平のぼかしは

 うすもも色の朝のしめりだ。

 智恵子は遠くを見ながら言ふ、

 阿多多羅山の山の上に

 毎日出てゐる青い空が

 智恵子のほんとの空だといふ。

 あどけない空の話である。

 

十和田湖畔の裸像に与ふ

 銅とスズとの合金が立ってゐる。

 どんな造型が行はれようと

 無機質の図形にはちがひがない。

 はらわたや粘液や脂や汗や生きものの

 きたならしさはここにない。

 すさまじい十和田湖の円錐空間にはまりこんで

 天元四元の平手打をまともにうける

 銅とスズとの合金で出来た

 女の裸像が二人

 影と形のやうに立ってゐる。

 いさぎよい非情の金属が青くさびて

 地上に割れてくづれるまで

 この原始林の圧力に堪へて

 立つなら幾千年でも黙ってたってろ。

 

懐かしい詩歌でした。