昭和39年6月25日発行 昭和46年5月25日11刷改版 昭和57年10月10日36刷
裏表紙「遊牧民の一部族の首長の子として生まれたテムジン(鉄木真)=チンギスカン(成吉思汗)は、他民族と激しい闘争をくり返しながら、やがて全蒙古を統一し、ヨーロッパにまで及ぶ遠征を企てる。六十五歳で没するまで、ひたすら敵を求め、侵略と略奪を続けた彼のあくなき征服欲はどこから来るのか?―アジアの生んだ一代の英雄が史上空前の大帝国を築き上げるまでの波瀾に満ちた生涯を描く雄編。」
ボルジギン族の首長エスガイと母ホエルンとの間で生まれたテムジンは、エスガイが亡くなった後、母や弟たちと聚落から取り残され、没落する。ホエルンはメルキト人に略奪されたことがあり、自分はモンゴルの血をひくのか、メルキトの血をひくのか悩む。そんな悩みを抱く15才のテムジンの前にボルジギン氏族の男で幼児に遊んだ記憶があった男が現れ、エスガイが父か尋ねると、そんなことは自分が好きな方にすればよい、モンゴルは狼になると言われる。この出生の秘密を抱え、狼になることを決意したからこそ、恐らくテムジンはチンギスカンとして狼として世界史に残る領土拡大のために戦いに明け暮れたのではないか?そんな印象を読者に抱かせる第1章がこの小説の最初の盛り上がり場面である。
第2章は、聚楽から8頭の馬が盗まれたのをテムジンが取返しに行く時に知り合ったボオルチュとの出会い、妻ボルテを娶ったこと、テムジンの下には、馬を走らせればカサルの右に出る者はなく、騎射はボオルチュに敵う者はなく、太刀を揮ってはベルグタイが一番で、弓を射るとチウランが抜群、人を追跡する方面ではチンベが異才を持ち、細かいことに気づく特殊な才を持つジェルメが集まり、トオリル・カンからは時が来たら訓練された3万の男子を集めてくれると約束された。ある時メルキト人が襲撃しボルテを略奪する。メルキト人はエスガイがホエルンをメルキトから奪った恨みを晴らしたのである。テムジンはボルテ奪還のために武器をトオリル・カンに貸してもらいたいと頼むと、トオリル・カンは2万の兵を差し向けてメルキト人を皆殺しにしてボルテ奪還の約束を果たす。ボルテは身籠り嬰児を出産した。名前を付けてくれと言われたテムジンはジュチと名付け、「俺は狼になるだろう。お前も狼になれ」と心の中で言う。
3章では、テムジンは、メルキト人成敗の時に協力をしてもらったジャムカから逃げ出し、たどり着いた聚落で次々と部族を糾合して27歳で汗となる。歳月が流れ、蒙古高原はトオリル・カン、ジャムカ、テムジン、タタル部の4つの陣営に吸収される。トオリル・カンと組んでタタル部を殲滅し、みなしごを手に入れ、ホエルンが兄弟として育てた。次にトオリル・カンと組んでジャムカと戦い、ジャムカ派を滅ぼす。そしてついにトオリル・カンとの雌雄対決。トオリル・カンを倒すと、次はアルタイを越えて金国攻略に心は向かう。ただし誰にも告げずに。準備の間、軍国として必要な聚落の配置を徐々に完成させていった。
4章では、蒙古高原を統一した44歳のテムジンの推戴式が行われ、チンギスカンと歓呼され、次から次へと論功行賞を与えた。母が亡くなり、西夏国王との間で和解が成立。
5章では、モンゴルでは道路を造り駅坍を置き峻厳な刑罰法度を設け、49歳で遂に高度の文化的生活を営んでいた文明国の金国に20万のモンゴル兵とともに出兵。長城越えを描き、居庸関(きょようかん)を攻める。
6章では、出兵の際に愛妃忽蘭との子ガウランを見知らぬモンゴルの子として育てよと命じ、忽蘭には従軍を命じる。金国との和平も僅か3か月で破れ、中都攻略に動く。チンギスカンは、ボオルチュ、ジュルメ、カサルが老い、ムカリ、ジェベ、スブタイの第一線指揮者に続く2陣として二十代の指揮者を養成する。チンギスカンは人心を結集するに最も大きな力を持つ者は、民族愛でも、権力者に対する忠誠でもなく、信仰であることを学んだ。
7章では、嫡子ジェチをしてカラキタイ国へ侵攻させ、ホラムズに派遣し回教徒との貿易を企図する。蒼き狼として成長したジェチはホラムズへの侵攻に意欲を示し、忽蘭はホラムズを撃つべきであると主張し、チンギスカンは出兵を決意する。当初はホラムズ国内の情報を集めることに専念する。後継者指名について誰しもがジェチと思っていたところに、その弟エデゲイを指名する。心の中でジェチに向かって真に蒼き狼の裔たることを己が力で闘い取れと叫びつつ。カスミ海と黒海の間に兵を進める。チンギスカン61歳。
8章では、印度進行作戦を発表するところからスタート。が、愛妃が亡くなり引き返す。サマルカンドから母国に移動。長子ジュチのみ参会しない。チンギスカンのみモンゴルの服装をし靴を履き習俗に従って生活する。それ以外はモンゴルの戎衣を捨てホラズムの金糸銀糸の衣服を纏う。トオリル・カンとの死闘を思い出し帰路に碑を建てる。遂に帰還し妻ボルテと再会。ジュチが健在でキプチャック草原で狩猟を楽しんでいると聞くと命に従わぬジュチに討伐軍を繰りだす。が長い間病床に臥したジュチが亡くなり遺命に従い帰還の途につくとチンギスカンは慟哭する。自分と同じように蒼き狼の裔たることを証明せねばならぬ運命を持ったジュチを誰よりも愛していたことに気付いたからだ。西夏進攻を突如決定し、寧夏城の開城を待つ間についにチンギスカンは死す。享年65歳。
淡々と、世界に類を見ない偉大な帝国を一大で築いたチンギスハンの軌跡を丁寧に辿った歴史小説でした。
巻末の「『蒼き狼』の周囲 成吉思汗を書く苦心あれこれ」で、「あの底知れぬ程大きい征服欲が一体どこから来たかという秘密」こそ「一番書きたいと思った」とあるが、なるほどと合点した。