暗夜行路 後篇 志賀直哉

1938年6月15日第1刷発行 2004年5月18日改版第1刷発行 2017年5月15日第9刷発行

 

表紙裏「京都での結婚、妻の過失、子どもの死などを経て、舞台は日本海を見おろす大山に-作者が人生と仕事の上で求めてきたものすべてが投入され、描き尽くされた、近代日本文学に圧倒的な影響を及ぼした代表作。(全二冊)(解説=阿川弘之)」

 

京都で謙作は鳥毛立屏風のような美女の直子に目を留める。信行とその友人らが協力してくれて結婚話が進む。お栄は、旧知の女性と料理屋をやるために天津へ旅立つ。初冬に結婚し、秋には直子が妊娠する。兄を通じてお栄が大連で困った状態にあると聞く。そんな矢先、生まれたばかりの直謙が丹毒になり泣き続け、蜂窩織炎を引き起こし膿を切除する手術をするも1カ月後に亡くなる。出産のときシューバートのエールケーニヒ(魔王)を聴きに行ったことを悔やんだ。運命に苦しむ。

お栄から京城に迎えに来てほしいと手紙で頼まれた信行はそれを謙作に見せて謙作はお栄を迎えに行く。お栄を連れて帰ると、直子が従兄の要に無理やり関係を持とうとされていたことを知る。またもや運命に苦しみ、謙作は自身の内に住むもの争闘で生涯を終わると語ると、友人の末松は“それでいいのじゃないかな。それを続けて、結局憂いなしという境涯まで漕ぎつきさえすれば”と返す。朝鮮に行く前に出来た子であるが直子が再び妊娠し、女児隆子が誕生する。謙作は生来の苛々を持て余してある時汽車に乗ろうとした直子の胸を押して突き飛ばす。憎んでいないと言いながら赦して貰えないと思う直子は涙ぐむ。謙作は精神衰弱の療養のために伯耆大山へ行く。落ち着きを取り戻した謙作は直子に手紙を送る。昼食で食べた鯛に当たった謙作は大腸加多児で下痢を薬で無理にとめたのが良くなく40度の熱を出し、ヒマシ油と浣腸で悪いものを出そうとする。夢の中で謙作はどんどん精神的にも肉体的にも浄化されたということをしきりに感じる。が脈がわからないくらいに衰弱した謙作のもとに直子が駆けつける。初めて見る穏やかな顔をした謙作が「実にいい気持なのだよ」と言うと、直子は、助からないのではないかと思いつつ、助かるにしろ助からぬにしろ、とにかく自分はこの人を諮れず、何所までもこの人に随いて行くのだいうようなことをしきりに思いつづけた。これで物語は終わる。

 

巻末の阿川弘之の解説によると、「作者はこの作品について、『主題は女のちょっとしたそういう過失が、-自身もそのため苦しむかもしれないが、それ以上に案外他人をも苦しめる場合があるという事を採りあげて書いた。(中略)事件の外的な発展よりも、事件によって主人公の気持ちが動く、その気持ちの中の発展を書いた。』(続創作余談)と言い、また、『「暗夜行路」は、出生から来る一種の運命悲劇で、その運命をできるだけ賢く、意志的に

 

抜け出そうとする努力する事が筋といってもいいもので、やはり(メーテルリンクの)『知恵と運命』の影響は受けているものだ。運命的に来る不幸は賢愚によらず来るもので、いかんともしがたいが、それをできるだけ賢く切り抜けたいというのが『暗夜行路』のテーマになっている。』と言っている」とのことだ。

 

近代文学の代表作の一つであるとか、近代文学の最高峰とか言われる、有名な志賀直哉の長篇小説『暗夜行路』にいつかは取り組んでみようと思い、長年積読状態が続いていたが、ようやくこのGWを使って読み通すことができた。が、そこまで高く評価されるのがなぜなのか、必ずしも良く分からないというのが正直なところだ。勿論、文体はすっきりとして大変読みやすく、心情描写も巧みだと思うし、不義の子、妻の過ち、夫婦、兄弟といった幅広く難しいテーマを取り上げているのは確かだが、果たして抜け出す道はどこにあるのだろうか。暗中模索し続けるのが人生だといわんばかりのストーリー立ては正直大変疲れる。