草笛物語 葉室麟

令和2年9月20日初版第1刷発行

 

裏表紙「羽根藩江戸屋敷に暮らす少年赤座颯太は、両親が他界して帰国、伯父水上岳堂の親友で薬草園万人の、檀野庄三郎に託される。国許では、藩の家督を巡り、世子鍋千代を推す中老戸田順右衛門と、御一門衆の三浦左近を推す一派が対立。やがて藩主吉通となった鍋千代が国入りし、颯太は陰謀渦巻く城に出仕するが…。『蜩ノ記』の十六年後を描く羽根藩シリーズ第五弾!」

 

第1弾「蜩の記」に登場した人物が再登場。「蜩の記」の主人公の戸田秋谷は蟄居となり10年後予定されていた切腹で果てる。その間、藩から見張役として派遣された檀野庄三郎だが次第に秋谷を師と仰ぐように。秋谷の娘薫と夫婦となるが、本作にも庄三郎・薫夫妻や秋谷の息子戸田順右衛門が準主役として、庄三郎は薬草園の番人として、順右衛門は鵙殿と呼ばれる藩の中老として登場する。世子鍋千代は未成年のまま藩主を継ぎ吉通と改名しお国入り。同い年の颯太は小姓役に引き上げられ、伯父の水上岳堂に世話になる。岳堂は颯太を庄三郎に預け、颯太を中心に本作はストーリーが展開する。秋谷が書き残した「蜩の記」に関心を抱いた吉通は庄三郎宅を訪れこれを読み庄三郎から話も聞く。藩主の一門三浦左近は月の輪様と呼ばれ羽根藩を牛耳るため藩主の後見役となることを画策。これに対峙し立ち向かうべく、順右衛門、颯太、吉通が自らの苦悩を突き抜けて左近の画策を妨ぐ。何のためか?それが葉室さんの最も言いたかったことだったろうと思う。

薫は「父が自らの死によってひとびとの過ちや罪業を背負ったのは、ひとを生かす道だったからではないかと思います。この世のひとは皆、おのれの罪業に苦悶しております。そんなひとびとの中のひとりとして、罪を背負う生き方もあったのではないでしょうか。」「すくなくとも順右衛門のように、美雪殿を人質として差し出して月の輪様を斬るという、自ら罪を得てひとを死なせる道ではなかったと思います。順右衛門と美雪殿がそんな悲しい道を歩んだとしたら、わたくしたちまわりの者はおのが無力を悔い、ひとの不幸によってわが幸福を得るうしろめたさを感じないではいられないと思います。それはひとを生かす道ではありますまい」と語るところにヒントがある。美雪を嫁に、お春を妾に迎えようとする月の輪様を吉通が主君として手討にして終わるかと思いきや、そこまでするとお家断絶の憂き目にあるためその手前で解決しようと、主君と心を合わせて邪な心を持つ月の輪様と戦う者たちが草笛を鳴らす景色がとても美しい。