鶴八鶴次郎 川口松太郎

2017年6月20日初版第1刷発行

 

帯封「第1回直木賞受賞作 江戸時代の世相を背景に義理人情恋愛の葛藤を描いた世話物の魅力を現代に蘇らせた傑作集」「死んでしまった先祖へ義理を立って、生きている娘に泣きを見せると云うのはあんまり判らねえ話だ。先祖へはすまねえか知らねえが、俺は娘の砲がどのくれえ可愛いか知れねえのだ(『風流深川唄』より)

裏表紙「鶴賀鶴八と鶴次郎は女の三味線弾きに男の太夫と珍しい組み合わせの新内語り。若手ながらイキの合った芸で名人と言われる。内心では愛し合う二人だが、一徹な性格故に喧嘩が多く、晴れて結ばれる直前に別れてしまう。裕福な会席料理屋に嫁いだ鶴八と、人気を失い転落する鶴次郎。三年後再会した二人の行く末を描く表題作に、『風流深川唄』など三編収録の傑作集。」

 

著者は、昭和10年8月、第1回直木賞を受賞。

鶴八鶴次郎

鶴八と鶴次郎は新内語りのコンビ。三味線を弾く鶴八は愛嬌のある24歳の娘、太夫の鶴次郎は色の黒い無口な29歳の男。楽屋では芸に厳しい鶴次郎が鶴八の三味線に文句を付け、強情な鶴八も負けずにやり返す。ところが舞台に立つと二人の息はぴったり合う。ある時、しくしんみりと鶴八が鶴次郎に「あなたには隠していたけれど、私は近々に身を固めようと思っているの」「身を固めるとはお嫁にいく話かい」鶴次郎はびっくり。「松崎さんといって、下谷の、ほら、、、」と、会席料理の老舗で数寄屋町一帯を地所に持つ百万長者と聞かされる。 鶴次郎は歩みを止めて、樹の下に佇み、「どうもしやしない」といいながら目に涙が光る。鶴次郎は「お前に嫁に行かれちまって、一体あたしゃあ、誰の三味線であしたっから、、」「止しておくれよ、お豊ちゃん、お嫁に行くんならあたしんとこへ来ておくれ、外へはいかないでおくれ、、」、「次郎さん、一体、、」「あんた、私を好いてくれるのかい」「わかんないかい、それが」「わからない、年中喧嘩ばかりして私をいじめて、、、なら、なぜ一ぺんでもそう云ってくれなかったの、、、私の方じゃ、次郎さんのお内儀さんになれると思っていたから、、、でも喧嘩ばかりふっかけてくるし」「、、、」「そうだろう、次郎さん」「そうだ、ほんとうに、そうだ」「次郎さんさえ私を好いてくれるなら、誰が好んで嫁になんか行くものか」と鶴八も胸の内を吐き出す。鶴次郎は寄席を持ち夫婦になろうと決めていたが、それには2万円必要で、今の貯えでは足りない。鶴八は、母の残したもので工面すると嘘をついて1万5千円を差し出す。鶴次郎は寄席を買い宿願を叶えたが、ふとしたことから鶴八が工面した金は伊予善から借りたものだと知り、怒った鶴次郎は鶴八を罵倒し、婚約は解消、寄席もまた売りに出され、二人は顔さえ合わせなくなる。喧嘩別れした鶴次郎は坂を転げ落ちる。鶴八は芸人の世界から足を洗い夫に愛されて幸福な毎日を送る。3年後、丸の内の有楽座で開かれる名人会に鶴八師匠に帰って欲しいと佐平から頼まれ、夫に許しを得て6日間だけ2人の名前が再び掲げられる。鶴次郎は酒を断ち、初日大成功。次は帝劇で蘭蝶をやりたいので鶴八鶴次郎に出演の問合せがある。鶴八は離縁してでも帝劇に出ると言い出し、鶴次郎が鶴八に再び芸のことで注文を付けて雑言を投げ飛ばして飛び出ていく。実はこれは鶴次郎の鶴八を思いやっての一芝居だった。

 

風流深川唄

 老舗の懐石料理屋「深川亭」の看板娘おせつと、不器用だが正直者の料理人長蔵は相思相愛。2人の縁は結ばれるはずだったが、おせつの父が以前世話になった人のために多額の借財をしたことが原因で、2人は離れ離れに。多額の借財を肩代わりすると申し出た邦栄堂の若旦那はおせつを嫁にと望んだが、深川亭の父親は2人のことを思って申し出を蹴とばすも、由緒ある暖簾を潰すことに親族は猛反対。暖簾を維持するためには自分が身を引くしかないと長蔵は実家に戻る。おせつは長蔵と話ができねば嫁には行かぬと言い、修繕寺に出かけてしまう。長蔵を寄越せば帰ると聞かれて長蔵は修繕寺に出向くが、おせつは話をしようとしない長蔵の姿を見て、長蔵を諦めて邦栄堂の嫁になることをきっぱりと決める。婚礼の日、人力車に乗せられておせつが邦栄堂に向かう最中、長蔵は突如現れて、おせつの乗った人力車を奪い消えていく。最後のシーンでは、大塚で「ふかがわ亭」と小さな看板を出した小料理屋で長蔵がおせつと2人で仲良く客の相手をする。

 

 どちらも人情噺として大変よくできている。昭和10年の作品だとは思えない。鶴八鶴次郎はエンディングが切なく、風流深川唄はハッピーエンドで対照的だが、通底しているものは同じ。男女の心の奥底を聞き分けて、見事に表現し尽くしている。

 

明治一代女

 芸者のお梅は母と弟の生活を支える中、歌舞伎役者の津の国屋・仙枝と相思相愛となる。ところが箱丁の已之吉が田舎の土地を売って金をつくりお梅に芸者を辞めさせて娶ろうと必死。已之吉が用立てた大金をお梅は受け取ってしまったので、2人と男との間でお梅は苦しむ。最後は剃刀で自ら自害してしまう。巻末の川口則弘の解説によると実際にあった花井お梅の事件をモデルにした小説らしい。