2015年12月1日第1刷発行
- 秋の田のかりほの庵の苫をあらみ わが衣手は露に濡れつつ 天智天皇
- 春過ぎて夏来にけらし白砂の 衣ほすてふ天の香具山 持統天皇
- あしびきの山鳥の尾のしだり尾の ながながし夜をひとりかも寝む 柿本人麻呂
- 田子の浦にうち出でてみれば白砂の 富士の高嶺に雪は降りつつ 山部赤人
- 奥山に紅葉踏みわけ鳴く鹿の 声きく時ぞ秋は悲しき 猿丸太夫
- かささぎの渡せる橋におく霜の 白きを見れば夜ぞ更けにける 中納言家持
- 天の原ふりさけ見れば春日なる 三笠の山にいでし月かも 安倍仲麿
- わが庵は都のたつみ しかぞ住む 世をうぢ山と人はいふなり 喜撰法師
- 花の色はうつりにけりないたづらに わが身世にふる ながめせしまに 小野小町
- これやこの行くも帰るも別れては 知るも知らぬも逢坂の関 蝉丸
- わたの原 八十島かけて漕ぎ出でぬと 人には告げよあまの釣舟 参議篁
- 天つ風 雲のかよひぢ吹きとぢよ 乙女の姿しばしとどめむ 僧正遍昭
- 筑波嶺の峰より落つるみなの川 恋ぞつりて淵となりぬる 陽成院
- 陸奥のしのぶもぢずり誰ゆゑに 乱れそめにしわれならなくに 河原左大臣
- 君がため春の野に出でて若菜摘む わが衣手に雪は降りつつ 光孝天皇
- 立ち別れいなばの山の峰に生ふる まつとし聞かば今帰り来む 中納言行平
- ちはやぶる神代も聞かず竜田川 からくれなゐに水くくるとは 在原業平朝臣
- 住の江の岸による波よるさへや 夢の通ひ路人目よくらむ 藤原敏行朝臣
- 浪速潟短き蘆のふしの間も 逢はでこの世を過ぐしてよとや 伊勢
- わびぬれば今はた同じ難波なる みをつくして逢はむとぞ思ふ 元良親王
- 今来むと言ひしばかりに長月の 有明の月を待ち出でつるかな 素性法師
- 吹くからに秋の草木のしをるれば むべ山風を嵐といふらむ 文屋康秀
- 月見ればちぢにものこそ悲しけれ わが身ひとつの秋にはあらねど 大江千里
- このたびは幣もとりあへず手向山 紅葉の錦神のまにまに 菅家
- 名にしおはば逢坂山のさねかづら 人に知られでくるよしもがな 三条右大臣
- 小倉山 峰のもみぢ葉 心あらば 今ひとたびのみゆき待たなむ 貞信公
- みかの原わきて流るるいずみ川 いつ見きとてか恋しかるらむ 中納言兼輔
- 山里は冬ぞ寂しさまさりける人目も草もかれぬと思へば 源宗干朝臣
- 心あてに折らばや折らむ初霜の 置きまどはせる白菊の花 凡河内躬恒
- 有明のつれなく見えし別れより 暁ばかりうきものはなし 壬生忠岑
- 朝ぼらけ有明の月と見るまでに 吉野の里に降れる白雪 坂上是則
- 山川に風のかけたるしがらみは 流れもあへぬ紅葉なりけり 春道列樹
- ひさかたの光のどけき春の日に しづこころなく花の散るらむ 紀友則
- 誰をかも知る人にせむ高砂の 松も昔の友ならなくに 藤原興風
- 人はいさ心も知らずふるさとは 花ぞ昔の香ににほひける 紀貫之
- 夏の夜はまだ宵ながら明けぬるを 雲のいづこに月宿るらむ 清原深養父
- 白露に風の吹きしく秋の野は つらぬきとめぬ玉ぞ散りける 文屋朝康
- 忘らるる身をば思はず誓ひてし 人の命の惜しくもあるかな 右近
- 浅茅生(あさぢふ)の小野のしの原忍ぶれど あまりてなどか人の恋しき 参議等
- 忍ぶれど色に出でにけりわが恋は ものや思ふと人の問ふまで 平兼盛
- 恋すてふわが名はまだき立ちにけり 人知れずこそ思ひそめしか 壬生忠見
- 契りきなかたみに袖をしぼりつつ 末の松山 波越さじとは 清原元輔
- 逢ひ見ての のちの心にくらぶれば 昔はものを思はざりけり 中納言敦忠
- 逢ふことの絶えてしなくはなかなかに 人をも身をも恨みざらまし 中納言朝忠
- あはれともいふべき人は思ほえで 身のいたづらになりぬべきかな 謙徳公
- 由良の門を渡る舟人かぢを絶え 行方も知らぬ恋の道かな 曾禰好忠
- 八重葎(むぐら)しげれる宿のさびしきに人こそ見えね秋は来にけり 恵慶(ぎょう)法師
- 風をいたみ岩うつ波のおのれのみ くだけてものを思ふころかな 源重之
- 御垣守 衛士のたく火の 夜はもえ 昼は消えつつ ものをこそ思へ 大中臣能宣朝臣
- 君がため 惜しからざりし 命さへ 長くもがなと 思ひけるかな 藤原義孝
- かくとだに えやはいぶきの さしも草 さしも知らじな 燃ゆる思ひを 藤原実方朝臣
- 明けぬれば暮るるものとは知りながら なほ恨めしき朝ぼらけかな 藤原道信朝臣
- 嘆きつつひとり寝る夜の明くる間は いかに久しきものとかは知る 右大将道綱母
- 忘れじの行く末まではかたければ今日を限りの命ともがな 儀同三司母
- 滝の音は絶えて久しくなりぬれど 名こそ流れてなほ聞こえけれ 大納言公任
- あらざらむ この世のほかの 思ひ出に 今ひとたびの逢ふこともがな 和泉式部
- めぐり逢ひて見しやそれともわかぬ間に 雲がくれにし夜半の月かな 紫式部
- 有馬山 猪名の笹原 風吹けば いでそよ人を 忘れやはする 大弐三位
- やすらはで寝なましものをさ夜ふけてかたぶくまでの月を見しかな(後拾遺集 恋 680)
- 大江山いく野の道の遠ければ まだふみも見ず天の橋立 小式部内侍
- いにしへの奈良の都の八重桜 けふ九重ににほひぬるかな 伊勢大輔
- 夜をこめて 鳥のそら音は はかるとも よに逢坂の 関はゆるさじ 清少納言
- 今はただ思ひ絶えなむとばかりを 人づてならでいふよしもがな 左京大夫道雅
- 朝ぼらけ宇治川霧たえだえに あらはれ渡る瀬々の網代木(あじろぎ) 中納言定頼
- 恨みわび ほさぬ袖だに あるものを 恋に朽ちなむ 名こそ惜しけれ 相模
- もろともにあはれと思へ山桜 花よりほかに知る人もなし 大僧正行尊
- 春の夜の夢ばかりなる手枕に かひなく立たむ名こそ惜しけれ 周防内侍
- 心にもあらで憂き世にながらへば 恋しかるべき夜半の月かな 三条院
- 嵐吹く三室の山のもみぢ葉は 竜田の川の錦なりけり 能因法師
- 寂しさに宿を立ち出でて眺むれば いづくも同じ秋の夕暮 良暹法師
- 夕されば門田の稲葉おとづれて あしのまろやに秋風ぞ吹く 大納言経信
- 音に聞く高師の浜のあだ波は かけじや袖の濡れもこそすれ 祐子内親王家紀伊
- 高砂の尾を上の桜咲きにけり 外山の霞たたずもあらなむ 権中納言匡房(まさふさ)
- うかりける人を初瀬の山おろしよ はげしかれとは祈らぬものを 源俊頼朝臣
- 契りおきしさせもが露を命にて あはれ今年の秋もいぬめり 藤原基俊
- わたの原漕ぎ出でて見れば久方の 雲居にまがふ沖つ白波 法性寺入道
- 瀬を早み岩にせかるる滝川の われても末に逢はむとぞ思ふ 崇徳院
- 淡路島かよふ千鳥の鳴く声に いく夜寝覚めぬ須磨の関守 源兼昌
- 秋風にたなびく雲の絶え間より もれ出づる月の影のさやけさ 左京大夫顕輔
- ながからむ心も知らず黒髪の みだれてけさはものをこそ思へ 待賢門院堀川
- ほととぎす鳴きつる方を眺むれば ただ有明の月ぞ残れる 後徳大寺左大臣
- 思ひわび さても命は あるものを 憂きにたへぬは 涙なりけり 道因法師
- 世の中よ道こそなけれ思ひ入る 山の奥にも鹿ぞ鳴くなる 皇太后宮大夫俊成
- ながらへばまたこのごろやしのばれむ 憂しと見し世ぞ今は恋しき 藤原清輔朝臣
- 夜もすがらもの思ふころは明けやらで ねやのひまさへつれなかりけり 俊恵法師
- 歎けとて月やはものを思はする かこち顔なるわが涙かな 西行法師
- 村雨の 露もまだひぬ 真木の葉に 霧立ちのぼる 秋の夕暮 寂蓮法師
- 難波江の蘆のかりねの一夜ゆゑ みをつくしてや恋わたるべき 皇嘉門院別当
- 玉の緒よ絶えなば絶えねながらへば 忍ぶることの弱りもぞする 式子内親王
- 見せばやな雄島のあまの袖だにも 濡れにぞ濡れし色はかはらず 殷富門院大輔
- きりぎりすなくや霜夜のさむしろに 衣かたしき独りかも寝む 後京極摂政前太政大臣
- わが袖は潮干に見えぬ沖の石の 人こそ知らね乾く間もなし 二条院讃岐
- 世の中は常にもがもな渚こぐ あまの小舟の綱手かなしも 鎌倉右大臣
- み吉野の山の秋風小夜ふけて ふるさと寒く衣打つなり 参議雅経
- おほけなくうき世の民におほふかな わが立つ杣(そま)に墨染の袖 前大僧正慈円
- 花さそふ嵐の庭の雪ならで ふりゆくものはわが身なりけり 入道前太政大臣
- 来ぬ人を松帆の浦の夕なぎに 焼くや藻塩の身もこがれつつ 権中納言定家
- 風そよぐならの小川の夕ぐれは みそぎぞ夏のしるしなりける 従二位家隆
- 人もをし 人も恨めし あぢきなく 世を思ふゆゑに もの思ふ身は 後鳥羽院
100.百敷や古き軒端のしのぶにも なほあまりある昔なりけり 順徳院
筆者は、末尾に、「みなさんは、外国の人たちに日本の文化として何を伝えますか?」と問い、日本の自然と文化の魅力を見直し、学び直し、それらを後世と世界の人たちに伝えていきたい、そうした想いをこの「日本のたしなみ帖」というシリーズに込めたと綴る。確かに百人一首って、ざっと読み直すだけでも、日本っていいなあ、と思う。ただそれを外国人に伝えるのって結構難しそう。英語で百人一首でどうやって綴るんだろう?