漱石のことば 姜尚中

帯封「没後100年 今なお私たちを勇気づける珠玉の名言148『そんなら死なずに生きて居らっしゃい』(『硝子戸の中』より)」「答えがない。行けども行けども、ゴールはない。どこまで歩いても、『途上』である。最近、こうした思いを発しても、カイロの熱が身体中に伝わるように、私の内側でやさしい気持ちがじわっと広がっています。不思議なことに、まったく悲観的な感情を伴わないのです。(中略)未完成であることが、ただひたすらにうれしいのです。(本文より)」

表紙裏「ミリオンセラー『悩む力』の著者が、夏目漱石没後100年の年に、満を持して“名言集”に挑戦。漱石の平易な言葉は、今なお私たちに深い智慧をもたらしてくれる。『可哀想は、惚れたという意味』『本心は知り過ぎないほうがいい』『すれ違いは避けられぬ』『みんな淋しいのだ』『病気であることが正気の証』『嘘は必要』『頭の中がいちばん広いのだ』『片づくことなどありゃしない』。半世紀以上にわたり漱石全集を愛読してきた姜尚中が、密かに会得したこれらの“教訓”とともに、148の文章を紹介。本書は、混迷の21世紀を生き抜くための座右の書である。」

 

本書の中から私が好きな言葉をいくつか抜粋する。

第1章 かくも「私」は孤独である 【自我】

 001 ことによると貴方も淋しい人間ぢゃないですか。・・・(『心』より)

 003 文明は我等をして孤立せしむるものだ(『それから』より)

 004 今代の人は探偵的である。泥棒的である。(『吾輩は猫である』より)

第2章 「文明」が人を不幸にする 【文明観】

 014 「亡びるね」 (『三四郎』より)

 024 現代日本の開花は皮相上滑りの開花であると云ふ事に帰着するのであります(講演「現代日本の開花」、明治44年より)

第3章 たかが「カネ」、されど「カネ」 【金銭観】

 036 金を見ると、どんな君子でもすぐ悪人になるのさ (『心』より)

第4章 「人の心」は闇である 【善悪】

 044 みんな普通の人間なんおです。それが、いざといふ間際に、急に悪人に変るんだから恐ろしいのです。だから油断が出来ないんです (『心』より)

 051 「精神的に向上心のないものは馬鹿だ」私は二度同じ言葉を繰り返しました。さうして、其言葉がKの上に何う影響するかを見詰めてゐました (『心』より)

 057 本当の人間は妙に纏めにくいものだ。神さまでも手古ずる位纏まらない物体だ (『坑夫』より)

第5章 「女」は恐い?! 【女性観】

 063 誰でも構はないのよ。たゝ自分で斯うと思ひ込んだ人を愛するのよ。さうして是非其人に自分を愛させるのよ (『明暗』より)

第6章 「男」は男らしくない?! 【男性観】

 085 「男らしくするとは? -何うすれば男らしくなれるんですか」

    「貴方の未練を晴す丈でさあね。分り切ってゐるぢやありませんか」(『明暗』より)

第7章 「愛」は実らぬもの?! 【恋愛観】

 087 とにかく恋は罪悪ですよ、よござんすか。さうして神聖なものですよ。(『心』より)

第8章 「美」は静謐の中にあり 【審美眼】

101 動と名がつくものは卑しい。運慶の仁王も、北斎の漫画も全く此動の一字で失敗して居る。(『草枕』より)

109 放心と無邪気とは余裕を示す。余裕は画に於て、詩に於て、もしくは文章に於て、必須の条件である (『草枕』より)

第9章 とかくに「この世」は複雑だ 【処世雑感】

 115 智に働けば角が立つ。情に掉させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい (『草枕』より)

 130 熊本より東京は広い。東京より日本は広い。日本より…頭の中の方が広いでせう (『三四郎』より)

第10章 それでも「生きる」 【死生観】

 141 私は死ぬ前にたった一人で好いから、他を信用して死にたいと思ってゐる。あなたは其たった一人になれますか。なって呉れますか。あなたは腹の底から真面目ですか。(『心』より)

 148 そんなら死なずに生きて居らっしゃい (『硝子戸の中』より)

 

美しく深く含蓄が深い言葉が並ぶ。「維新の当士勤王家が困苦をなめた様な了見にならなくては駄目だらうと思ふ」という覚悟で文学はやらなければいけない」(027)は上にあげなかったが、そういう真剣勝負から紡ぎ出された漱石の言葉だからこそ時代が変わっても光り輝く。