昭和39年10月30日初版発行 昭和52年12月15日7版発行
巻末の訳者解説によると、「限られたスペースのうちに、ヴァレリイ詩業の全貌をいわばダイジェスト風に髣髴とさせつつ、しかも比較的有名な作品を洩らさないという方針でヴァレリイ詩集一巻を編輯する・・」、「名だたる『若きパルク』は全篇これを採る」、「この詩人のもっとも重要な作品」、「詩集『魅惑』は・・目をつぶるような思いで、その幾篇かを削って、他にふりあてた」、「『旧詩帖』(のうち)『ナルシスの語る』の如きは、すでに『ナルシス断章』があるという理由で、ここでもわたしはこれをは除いて、さらにスペースを他にふりむけねばならなかった」、「拾遺詩篇と初期詩篇については・・後者から数篇とることをためらわなかった」等とある。また解説では「詩の翻訳」の難しさについて触れており、訳者は「詩の翻訳という置換の目ざすものは、たんに部分ではなくて詩的状態という全体でなければならなかった」「なによりもわたしは、あるいは著しく今日的趣味に反して、韻文の形式を借りなければならなかった」とある。
実際に翻訳されたこの詩集を読むと、訳者が述べるとおり、「いうところの五七調は、わたしにとって、そのうえにわたしが限りなく身をあがくべき、これきりのかけがえのない乗物であった。一歩でも近くとあがき終って、さてどうか。目ざす詩的状態との距離は依然茫々として捉えどころがない。あとは読者の評判を待つしかない」というのも頷ける。詩の翻訳というのは、特に韻を重要な要素としている詩の翻訳は特に難しいと思う。
「魅惑」の中から「蛇の粗描」の一部を以下に記す。
限りなく測りがたなきわれが智慧、
この人の子の魂の奥処に求めて
触れんこそわが復讐の手段なれ、
あはれや汝がてづからに造りたるもの!
蔽はれて神秘のものや、なんぢ、父、
よし星辰をちりばめし御室のなかに
讃仰の香をのみかれ迎ふとも、
遥かなるそこに憂ひをつたへつつ
その全能のもくろみを擾しうるべし!
われは行き、われ来り、はた滑り、潜い、
われ失するなり、純らかの心のなかに!
いかならん頑き胸とてひとひらの
夢想を宿しえざるてふ胸そもありし!
よしやきみ何ものにまれ、きみが魂
おのれ愛しと恋ふるとき、そこに生れ出ん
喜色こそ悪魔のわれにあらざるや?
然なりわれは、かれが自得のその奥に
この類ひなき風味なれ、きみみづからの
なかにのみきみ見出さん美味しもの!