天下布武 夢どの与一郎《一》 安部龍太郎

2013年12月10日発行

 

信長は、光秀の三女玉子が才色兼備の娘であったことから、養女とし、小姓与一郎が玉子を娶るように一計を案じた。武芸の勝負で勝利した者を玉子の婿とするとして、与一郎の優勝を算段していたが、当の与一郎が参加しない。参加するよう命じられても従わないため蟄居を命じられ、このままいけば命に背いたとの理由で腹を切らねばならぬが、与一郎は周囲の説得にも応ぜず頑として言う事を聞かない。理由は東洞院静子を見染たからだった。静子が与一郎の前に現れて与一郎は参加だけはし、見事優勝を果たした(第1章 ならぬ恋、第2章 それぞれの道)。玉子と祝言をあげた与一郎だったが、播磨での出陣で討死するかもしれず玉子を寡婦にしたくないと言って宿直を断った。玉子は与一郎と一緒に嵯峨野の祇王寺に出向いた。玉子の実母春駒大夫がかつて訪ねた寺だった。実母は芸妓だった。野宮神社の前に二尊教院華台寺に寄ると与一郎は武士を捨てて静子と一緒になろうと言い出した。静子は信長の志に打たれて身命を賭して仕えるとの決心を捨ててはならぬと与一郎に言い二尊院を出た。そこに武芸大会で与一郎に負けた首なしが与一郎の命を狙いにやって来た。与一郎は完全に油断していたが、静子が無意識のうちに危機を察知して発した気の前に、首なしは矛を収めた。静子の実の父は高貴な人物だということが野宮神社ですれ違った三条西家の奥上の言葉で分かった。今度は静子が源氏物語の“賢木の巻”の「ちはらぶる 神垣山の榊葉はしぐれに色も変はらざりけり」にかけて今日限りとはいえそうしたいと言うが、今度は与一郎が聞き流した。再び首なしは静子の仇打ちのつもりで与一郎を討とうとしたが、与一郎はさっきと別人のように強くなり首なしは家来に加えてくれと頼む。静子は母の声につられて渡月橋から身を投げる直前に神楽囃子が聞こえて我に返った。囃子の息にぴたりと合わせて静子は舞を舞った(第3章 信長の子、第4章 神楽囃子)。