一神教と帝国 内田樹 中田考 山本直輝

2023年12月20日第1刷発行

 

表紙裏「第一次世界大戦後、西欧列強が『国民国家』を前提とし中東に引いた国境線。それが今なお凄惨な戦争の原因になっている。そのシステムの限界は明白だ。トルコ共和国建国から100年。それはオスマン帝国崩壊100年を意味する。以来、世俗主義を国是とし、EU入りをめざしたトルコ。だが、エルドアン政権のもと、穏健なイスラーム主義へと回帰し、近隣国の紛争・難民など国境を超える難局に対処してきた。ウクライナ戦争での仲介外交、金融制裁で経済危機に直面しても折れない、したたかな『帝国再生』から日本が学ぶべきこととは? 政治、宗教からサブカルチャーまで。ひろびろとした今後の日本の道筋を構想する。」

 

目次

プロローグ 「帝国」をめぐる、新しい物語を探して 内田樹

第1章 現代トルコの戦国時代的智慧に学ぶ

第2章 国民国家を超えたオスマン的文化戦略を考える

第3章 東洋に通じるスーフィズムの精神的土壌

第4章 多極化する世界でイスラームを見つめ直す

第5章 イスラームのリーダーとしてトルコがめざすもの

第6章 日本再生のために今からできること

エピローグ I トルコに学ぶ新しい帝国日本の転生 中田考

エピローグ II 明日もアニメの話がしたい 山本直輝

 

・トルコの「できます」は、古代ギリシャの論理学的な意味で、日本語の意味とだいぶ異なる。1%でも可能性があれば「できる」になる。それが結果的に実現しなくても、可能であることもそうでないこともどちらもありえたが、神の意志により今回は実現できなかった、ということになる(中田)。トルコ語で「はい」というときは「オラビリル(olabilir)」と言うが、これはポッシブルの意味の「ありうる」という言い方。その未来はありうる。それを実現するのは自分の頑張りと神の導きということになる。神は何でもできるので、神学的にありえないということはありえない。だから、「いいえ」「できません」と言っちゃダメ(矢本)。

・シリアの難民が入ってきたせいで、イスラーム学のレベルが一気に上がったとか、民族を越えたムスリムのコミュニティで日本のサブカルが親しみをもって共有されている話は初めて聞いた(内田)。

・今、若者の間に教養がなくなってきているが、『NARUTO』のような人気漫画が、昔の古典にあたるような現代の若者の基礎教養になりつつある(中田)。

・日本の少年マンガイスラーム文明、特にスーフィズムが大事にしてきた師匠と弟子、教えや「型」の伝承、不完全な人間が精神的完成を目指すプロセスなど、伝統的な「ビルドゥングスロマン教養小説)」の構造を保っている。つまり、マンガを読んでいる日本人は、実は中東に関するニュースを追うよりもずっとイスラーム世界を「味わう」ための語意や世界観を持っているのかもしれない(山本)。

歴史修正主義者は、国民を「疚しさ」から解き放つことで、民族差別や排外主義といった暴力を解き放ってしまう。司馬史観日露戦争から敗戦までのおよそ40年間を「のけて」、明治の青年国家から中を飛ばして戦後の民主日本に「飛ぶ」が、この「のけた」40年こそ日本が中国大陸や朝鮮半島ともっとも深い関わりを持っていた時期。それがどんなに忌まわしい事実であったにせよ、事実は事実としてきちんと物語るべき。歴史から学ぶことをやめてしまうと、その国は精神的に次第に衰え始める(内田)。

・(イスラーム世界では)勉強したいと思うと、初心者であっても、お金をかけずにものすごくレベルの高い人の授業にも参加できる。イスラーム文化では、20分でも30分でも教えの恵みを受けると、身の一部になるという考え方がある。「バカラ」は神から与えられる恩寵という意味だが、その恵みがある(山本)。

論語の「述べて作らず」は自分がオリジナリティだと主張せず、ただの祖述者というポジションに身を置くので、生産性があがる。オリジネーターだと、その意義を100%理解していることになるため、100%理解していることしか言うことができないが、「述べて作らず」だと、意味は分からないけれども師匠はこう仰っているから、これがどういう意味なのか皆さんも考えてくださいと、次の世代に「パス」することができる(内田)。

・人間はなぜ宗教というものを作り出したのか。それは「超越」とか「外部」とか「他者」とか「空」とか「仁」とか、そういう定義不能な概念を持ち込んできて、それについてああでもないこうでもないと熟考することを通じて脳の機能が飛躍的に向上することが経験的に分かっていたからではないかと思う(内田)。

イスラームにおいて一番勉強熱心なのがタリバン。私はタリバンが今、世界で一番知的な人たちだと思っている。タリバンは女性蔑視で女の子たちに学校も行かせないじゃないかという、西側諸国の批判があるが、タリバンは女性の教育を禁止しているわけでなく、理由があって禁止しているだけ。無教養の人たちがタリバンは生ぬる過ぎるといって学校に通う女性たちを襲うため、その危険があるから今は学校に行くのを我慢してくれと言っている。西側の人々はその事を全く理解しない(中田)。

アメリカの憲法では、陸軍は行政府じゃなくて立法府に属している(内田)。軍隊は「武装した市民」によって構成されるべきであって、常備軍は市民に銃を向ける可能性があるから持つべきではないと考える人が建国時点では多数だったことを反映している。バイデン大統領が43兆円まで国防予算を増やせと言い出したのは不要不急の大型固定基地を保持し、大量の兵器を購入することで、米軍と兵器産業の利権を守るという米政府がやりたくない仕事を日本に肩代わりさせるためである(内田)。

ミスター・サンシャインは見てみたい。ゴールデンカムイ、パチンコ、街場の日韓論は是非読んでみたい。いずれにしても、今までに想像していたのとまったく違うイスラームの世界を垣間見ることができただけでも大変良かった。今年読んだ中で一番面白い本である。