椿山《下》 乙川優三郎

2011年12月10日発行

 

・椿山

才次郎は30石をいただく祐筆の三橋定右衛門の長男。父は人並み以上に学識があり、父からの勧めで観月舎に入門した。塾頭の津田淡水は藩主の侍講を務めるほどの見識者で国の将来を担える人材を育てることに熱心だった。250石の藩の重職の息子植草伝八から許婚の孝子に近づくなと警告される。才次郎は優秀な成績で塾頭からも目をかけられ、彼の同年代の孝子を意識するようになる。結局決闘になるが、途中で同じ塾で半農半工の寅之助に助けられ親しくなる。父は植草五左衛門に平伏して卑屈な詫び方をした。才次郎は父の姿を見て出世という志が胸の中に宿った。16才で元服した才次郎は、ある時、塾長から呼び出され、婿になる気があるかと聞かれる。才次郎は出仕を望み将来跡を継がせて頂きたいと返答する。植草の父は中老に登った。椿山で才次郎は書を読み、美しく成長した孝子は横笛を吹き、密会が続いた。才次郎は観月舎で頭角を現し、勘定吟味方の試験に合格した。古参の改役の岩戸半助から酒を勧められ、不正を見つけても追及はできないと教えられる。この藩は勘定方も勘定吟味方も郡奉行も勘定奉行も家老も腐っているからだと。孝子の婿は寅之助と決まった。寅之助が許せなかった。才次郎の生き甲斐は出世に絞られた。岩戸は江戸の藩主に直訴に及ぶため江戸に向かい、その際、才次郎に不正の証拠書類を託した。が岩戸は死んでしまう。才次郎は長田家老の反対勢力に書類を売り渡すか出世に使うか迷った挙句、出世に使う道を選ぶ。与力に昇進し、五左衛門に面会した時は書類を引き渡すのと引き換えに更なる昇進を望んだ。五左衛門はゆくゆくは伝八と力を合わせるようにとも。藩は切ってはならない若木を切り出し他国に売り利益を分配していた。一時的に利益が出ても元に戻すには長い年月がかかるが、才次郎は更に利益を上げるために山から砂鉄の採掘を提案て五左衛門に信頼されていった。砂鉄の採掘では一切を取り仕切る総締めを命じられ、母からは慢心を起こした才次郎に忠告を受ける。師の淡水が亡くなり、寅之助が跡を継ぐが、才次郎は淡水の葬儀に参列しなかった。才次郎は次第に反発を受けて、ある時、少年新六に闇討ちされる。勘定吟味方への昇進をほぼ手中にした。例の馬鹿息子の親は今は家老となっていて、この男にも気に入られる。やがて吟味方の責任者まで上り詰める。そうした思想はかつての親友と思い人の塾から出たものだった。長田家老は例の書類と引き換えに家老の出戻り娘との縁談を押し付けてきた。才次郎は受けるほかない。五左衛門の口から新六の名前が出た。津田如水の門下で藩政における重職らの独善を廃し身分を問わぬ人材登用を説く執政批判に及んでいると聞かされた。密かに書き写した書類を弟の信三郎に託し、汚職に加担していない藩の実力者にこれを届けるように頼み、寅ノ助と孝子を逃がした。才次郎は逆徒として死ぬが、寅之助が世の中を変えられなくても新六のような若者が現れ、世の中は少しずつ変わっていくに違いない、その踏板になると決めていた。