平家物語 猛将、闘将、悲劇の貴公子たちが火花をちらす! 石崎洋司

2012年8月15日第1刷発行

 

祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。

釈迦に給狐独長者が寄付した「祇樹給狐独園(ぎじゅざっこどくおん)」。道場は「精舎」というので、祇園精舎と呼ばれた。建礼門院がいた寂光院の鐘が「祇園精舎の鐘の音・・・」と鳴って物語が始まっていく・・。

 

平家のもとは桓武天皇平安京)。その孫の高望(たかもち)王が「平」の姓をもらったのが平家のはじまり。その後、清盛の父忠盛が出世して宮中に上がり平家の時代を迎える。

後白河院は、鹿ケ谷で、西行法師、藤原成親俊寛らで平家を追い落とす謀議を企てるが、裏切り者が出たために清盛に謀議が漏れて西光法師を捕らえ拷問にかけ、皆白状させられた。清盛の暴走を唯一止められたのが息子重盛だったが、重盛が亡くなると清盛は3歳の孫を帝に即位させた。後白河院の第二皇子の以仁王(もちひとおう)は源頼政が訪ねてきたのをきっかけに、木曽義仲源頼朝義経が立ち上がるので平家追追討の宣旨を出す。が、この謀反計画も清盛にばれてしまい、あえなく平家に討ち取られてしまう。頼朝が立ち上がり富士川対決で勝利を収める。清盛は都を福原に移すがすぐに京に戻してしまう。頼朝に刺激された木曽義仲信濃から蜂起。この頃64歳で清盛の生涯は終える。倶利伽羅峠木曽義仲と平家軍が激突し平家が敗戦。直後に平家は都落ちする。京に戻った後白河法皇は、安徳天皇を守る平家に対抗して、安徳帝の弟(後の後鳥羽天皇)を天皇とし、木曽義仲に平家追討を命じる。木曽義仲の傍若無人な振舞に、今度は後白河法皇は頼朝に義仲追討の宣旨を出す。ここに頼朝と義仲の全面対決(瀬田橋、宇治橋)が始まり、義仲が倒れる。義仲討伐後、範頼・義経兄弟を総大将として平家追討軍が一ノ谷に築城した平家を攻める。この時、義経の有名な鵯越えにより不意を突かれた平家が敗れる。生き残った平家は讃岐・屋島に舞い戻るが、義経屋島を攻める。平教経の矢が義経目がけて放たれるも佐藤三郎嗣信が身を挺して義経を助ける。那須与一宗高が小舟の上に立つ女房の扇を射よとの手招きに応じて7段(80m)離れた所から見事射抜く。熊野湛増が水軍率いて義経に味方することを決意し壇之浦に向かう。遂に平家は壇之浦で亡び8歳になった安徳天皇も海に沈む。最後に建礼門院後白河法皇が出て来て、全ては諸行無常と思いながら二人のほほに涙がつわっているのが盲目の僧には見えたという場面で話は終える。