2008年8月20日初版第1刷発行 2010年3月15日4刷発行
裏表紙「小間物問屋遠野屋の若おかみ・おりんの水死体が発見された。同心・木暮信次郎は、妻の検分に立ち会った遠野屋主人・清之介の眼差しに違和感を覚える。ただの飛び込み、と思われた事件だったが、清之介に関心を覚えた信次郎は岡っ引・伊佐治とともに、事件を追い始める…。“闇”と“乾き”しか知らぬ男たちが、救済の先に見たものとは? 哀感溢れる時代小説!」
北定町見廻り同心の木暮信次郎と、岡っ引きの伊佐治親分。ある日、橋から川に身投げしたと思われる、女性の水死体が上がる。身元を確認すると、小間物問屋遠野屋の若おかみ、おりんであることが判明。遠野屋の入婿である清之助は、「おりんは自殺などする女ではございません。今一度、探索してください」と懇願するが、信次郎は違和感を覚える。商人というより何か別のものを感じとった。信次郎は切れ者だが、父の右衛門が情に厚い温かな人間であったのに対して、人を厭うているように伊佐治は感じる。右衛門の頃から仕え、江戸の岡っ引きは伊佐治を見習えとまで云われた伊佐治親分は40歳過ぎ、そろそろ手札を返そうかと思っている。若くて怜悧で隙のない信次郎と肌が合わない。ある時、信次郎が詰め所をのぞくと、臨時廻りの吉田敬之助が座っていた。吉田に遠野屋の事件を話すと、吉田は昔りんが溺れたことを思い出した。信次郎と伊佐治は遠野屋を訪ねた。遠野屋は、信次郎が逢引きと決めかかって探索しているなら、見当違いだと述べる。すると信次郎は遠野屋をわざと怒らすような言い方を繰り返して遠野屋を挑発するが、遠野屋は乗ってこない。すると遠野屋の店の奥で、おりんの母親のおしのが首をつった。それを見つけた若い女中が、悲鳴をあげる。信次郎の咄嗟の救出で息を吹き返して幸い一命を取り留める。その時おしのは「わたしが・・ころした・・」と。この後におりんの身投げを番に届けた履物問屋の稲垣屋惣助が斬殺される。稲垣屋は伊佐治の予想に反して静かだった。女房のおつなと対面し、最期の夜、稲垣屋は下駄のことで出かけたことがわかったが下駄は商売道具。昨晩の行き先を手代の松吉から聞く。出かける前、稲垣屋は「困ったな」と言っていたという。伊佐治は遠野屋から、先代はおりんを自分に託し、遠野屋は自分にとりおりんは弥勒だった、そのおりんから、朝顔の種と書付が入った紙入れを渡されたことを告げる。
稲垣屋の事件を端に信次郎が昔の記録を調べてみると、10年前に僅か半年の間に3人が立て続けに一太刀で斬り殺される事件があった。そのうちの一人はお里という。この時の下手人は捕まっていない。稲垣屋の斬殺と関連性があるのか否か。信次郎は、おりんは、今は朝顔のことを亭主に知られたくないが、夏には分かっても大丈夫だと思っていたと推測する。
周防清弥が、遠野屋清之介の昔の名であることを調べた信次郎は、再び遠野屋を訪ねる。そこで清之介は先代がつけたことを聞く。遠野屋の間合いの取り方が闇の中を歩く時のものだと信次郎は言うが遠野屋はたじろがない。ふと信次郎は、目撃者の稲垣屋が下駄を持って番に来たこと、下駄のことで呼び出された稲垣屋が惨殺されたことを思い出し、遠野屋におりんの下駄はどうしたと聞く。遠野屋の様子が初めて変わった。正体不明の者が遠野屋信次郎に殺気を持って近づき、おりんの下駄を投げつけ、吹き矢を食らわせる。稲垣屋を橋で目撃していた、最近行方不明になった弥助の家で信次郎は朝顔の種を見つける。稲垣屋もおりんの下駄のことであの夜脅されて外出したことが松吉の証言でわかってきた。そして弥助も一太刀で殺されていた。
遠野屋清之介こと周防清弥は妾腹の子であった。その清弥に父宮原忠左衛門忠邦は剣を教えられた。父は清弥に人殺しをさせた。長年育ててくれたすげが最初の被害者だった。そのうち父は清弥に藩の「裏」を預け、それを統べろという。そしてついに父は兄が謀反を興すので殺せという。が、かつて身分の違いで人の価値をはかる世は続かない、人の価値は身分ではなく人の持つ器量、資質、人柄のみで計られることを教えてくれた兄を清弥は殺すことができない。躊躇している場に父が現れ、咄嗟に父を斬る。兄は弟にやり直しをさせようと江戸に出す。そこで清弥はおりんに出会ったのだ。信次郎は怪我した清之介の様子を見に行くと清之介から手を引いてくれと懇願される。信次郎が虚仮にするなと鞘を払うと、清之介がするりと信次郎の懐に飛び込み喉元に小刀を当てて「けりはそれがしがつける。貴公はこれ以上、お手出しめさるな」と呟いた瞬間、母親が今際の際で清之助が駆けつける。すると母親が孫の顔が見たいと言っておりんを殺したのは自分だと呻いていたのを聞く。確かにおりんと母親が子の事を巡って口喧嘩したことはあった。その場面を目撃した女中が正直に話すと、ちょうどそこに医師源庵が到着する。源庵は薬を与えた後、清之介に後で来るようにと告げて帰る。伊佐治は、医者・里耶源庵が吉田の養子だったことを突き止め、里耶の家には朝顔が植わっていたことを見つける。清之助に正体を知られることなく源庵は、清之助の先代に取り入り、おりんの相談にも乗っていたのではないかと推測する信次郎。そして人斬りの狂気に憑りつかれた吉田を源庵が利用して次々と人を殺めさせていたのではないか。ここまで推測した信次郎は源庵の家に向かう。その時清之助は源庵の家に薬を取りに行くが、互いに正体を晒す。源庵は清之助に我々闇を統べよと言い、それを断る清之助。そこに狂った吉田が現れ、清之助と相見えると、信次郎が清之助に殺すなと声をかけて踏みとどまる。吉田は信次郎に10年前の事件も、おりんが溺れた時に手を出した事も、そして今回の事も全てつまらぬ人を殺しただけだと告げていく。清之介は信次郎の声に振り返ることなくその場を立ち去る(了)。
かなりえぐい事件のオンパレードです。次巻があるそうなので読んでみましょう。