海の見える理髪店 荻原浩

2019年5月25日第1刷 2019年6月26日第4刷

 

裏表紙「店主の腕に惚れて、有名俳優や政財界の大物が通いつめたという伝説の理髪店。僕はある想いを胸に、予約をいれて海辺の店を訪れるが…『海の見える理髪店』。独自の美意識を押し付ける画家の母から逃れて十六年。弟に促され実家に戻った私が見た母は…『いつか来た道』。人生に訪れる喪失と向き合い、希望を見出す人々を描く全6編。父と息子、母と娘など、儚く愛おしい家族小説集。直木賞受賞作。」

 

海の見える理髪店は、昭和を代表する大俳優が通っていた店として有名だった。ネットで予約した客は、グラフィックデザイナーだった。客から髪型を任された店主は、職業を聞いた。どういった髪型にするのかのヒントにしていた。店主は自分の来し方を話し始めた。父の理髪店で修業を始め、最初は床掃除しかやらせてもらえなかった。終戦後、店に戻ったが、父が急逝し、店を継いだ。慎太郎刈りが上手い店だと評判になり、軌道に乗った。ビートルズが流行り出すと、店は左前になった。店主は遠い親戚筋の店の雑用をしていた秋田の女性と結婚したが、ある時、突然出て行ってしまった。銀座に2号店を出した時、2人目の女房を貰った。2号店の経営がうまくいかなくなると酒に逃げ込んだ。その後、息子も生まれた。50過ぎで出来た子供だったので可愛がった。剃刀を持った店主が実は「人を殺めたことがある」と告白。一緒に店をやっていた男をヘアアイロンで殴った。傷害致死だったので、服役期間は短かった。シェービングは終わった。1時間程経っていた。刑務所で理髪係をして重宝されていた。最後は顔のマッサージだった。出所後、東京を離れて海の見える町で理髪店を始めた。店に大きな鏡を置いたのは海を見てもらうためだった。私ではなく。客は原田と言った。原田は来週結婚式があると言った。お互い(親子だと)分かっているけど、言葉は喉の奥にしまい込んだ。

 

いつか来た道

画家で独自の美意識を押し付ける母の体の具合が悪いと弟から聞かされて、久しぶりに実家に戻った。母と言葉を交わしたのは16年ぶりだった。幼い頃から自分の夢を娘に押し付けた母への虐待に等しい仕打ちを受けたことへの復讐のつもりでもあった。が、やり取りしていてどうして弟が母に会いに行くように言ったのか、わかった。年老いて認知症になっていた。絶対に言うつもりのない言葉「また来るから」と言って娘は帰った。

 

遠くから来た手紙

仕事を優先する夫を独り置き去りにして突然実家に帰った妻。すぐさま実家に迎えに来るかと思いきや、週末に行くとの夫からのメールが届く。梨農家の実家で手伝いをしていた妻は重労働に音をあげる。実家で中学時代からやり取りした手紙を見返してほっこりした。妻から昔言葉でメールが届き、てっきり夫からのメールかと思いきや、あの世から祖父が祖母に宛てたメールが妻に届いているようだった。妻は中学時代に夫から貰った手紙を1通だけ持ち帰って東京に戻った。

 

成人式

事故で亡くなった娘の代わりに、娘の同級生たちに助けられながら、若作りをして成人式に出る両親のお話。なかなか泣かせる。

 

その他、「空は今日もスカイ「時のない時計」も収録。