お腹召しませ 浅田次郎

2008年9月25日初版発行 2020年8月25日改版発行

 

裏表紙「婿養子が公金を持ち出し失踪。不祥事の責任を取りお家を守るため、妻子に『お腹召しませ』とせっつかれる高津又兵衛が、最後に下した決断とは…。武士の本義が薄れた幕末期。男としての正念場を、侍たちはどう乗り越えたのか。表題作ほか全六篇に書き下ろしエッセイを特別収録。司馬遼太郎賞・中央公論文芸賞受賞作。〈解説〉橋本五郎

 

お腹召しませ

家督を継がせた入り婿の与十郎が、藩の公金に手を付けた上、新吉原の女郎を身請けし逐電してしまったため、困り果てた高津又兵衛は、家を守るためには“腹を切る”しかないと決断した。が、妻と娘は、あっさり「お腹召しませ」と言う。旗本で与十郎を入り婿に出した勝又十内も「つつがなく腹をお召なされよ」とだけ言う。介錯を友人の寺岡に頼むと、「潔く一人腹を切れ。ひとごろしを他人に頼むとは、馬鹿かおまえ」と断られる。奉公人の又助からは「お侍をご返上なすったほうが、まだしもましってもんじゃあござんせんかね」とも。遺書を準備し、切腹の準備が整い、与十郎をいとおしむ又兵衛は、最後の最後で、「切腹はやめじゃ」と、生きて皆を養おうと決意した。

 

大手三之御門御与力様失踪事件之顚末

大手三之門に詰め所を構える御百人組の一人・長尾小源太は、組頭の本多から、横山四郎次郎が神隠しにあったかのように忽然と姿を消したと聞かされる。行方知れずになってから5日目、横山が門前に倒れていた。行方不明の間のことは何も覚えておらず、記憶喪失の状態だった。が横山は小源太には本当のことを打ち明けた。実は横山には婿に入る前に誓い合った薬種問屋の娘がいたが、婿に入るため捨てた。娘は女郎に身を落としたが、病にかかり、死に水を取ってほしいと蘭学医の道庵に頼むと、道庵がこれを横山に告げた、そこで神隠しにあったかのようにして身を隠したのだった。今の世の中、携帯電話が普及して、神隠しは通用しなくなった。

 

安藝守(あきのかみ)様御難事

14代安芸守茂勲(もちこと)は、御側役に「斜(はす)籠の稽古をする」と言われるままに稽古させられた。茂勲は11代将軍家斉公の御息女で、曾祖父に嫁した末姫様こと御住居(おすまい)様に話を聞いたが、詳しいことは何も聞けなかった。側役から老中の屋敷で斜籠を披露下されと言われて訳の分らないまま披歴する。誰も何も見ていない。結局、何が何だかよく分からない。

 

女敵討

奥州財部藩士・吉岡貞次郎は江戸勤番に就く。国元に妻を残し2年半が経過する。貞次郎は幼馴染の御目付役・稲川左近から呼び出される。粗相でもしたかと尋ねると、左近は、貞次郎の妻が不貞を働いている、不義密通が公になればお家取り潰しになりかねない、国元に帰り現場を押さえて女敵を討ち果たせと言う。貞次郎は江戸で妾おすみに子を生ませていた。おすみに国元に帰ると伝え、国元に戻ると、妻が不貞を働いたところを押さえたが、妻と女敵を赦してしまう。人の命より家の命が重かろうはずがないと言って。貞次郎はおすみと子の元に戻っていった。

 

江戸残念考

代々御先手組与力を務める浅田家の浅田次郎左衛門の年賀の挨拶回りの際、郎党孫兵衛から薩摩長州戦が起きると聞いた。大坂の陣から250年以上経ってから武士の本義が試される時が来るとは思いもしなかった。孫兵衛から次に慶喜公が鳥羽伏見から帰ってきたと聞きた。治郎左衛門は残念無念と叫んだ。

 

御鷹狩

山新吾、間宮兵九郎、坂部卯之助の若者3人は悪事を働く頬かむりという出立ちをしていた。夜鷹であろうと、薩長の田舎侍に抱かれる江戸女は許せないと冗談半分の話が実行に移すことになってしまい、4人の女を殺めてしまったが、御一新のどさくさの中でお咎めがなかった。祖父から聞かされた昔話の夜話を空想的に膨らませた作品。