憑神《上》 浅田次郎

2013年12月10日発行

 

時は幕末、御徒町の別所彦四郎は婿入り先から出戻って兄の家にいた。学問もさることながら直心影流男谷道場の免許皆伝まで授かり、婿入り先に不自由はなく、小十人組組頭三百俵高の井上軍兵衛の家に決まった。彼に落ち度はなかったが、妻の八重に男児を授かったとたん、空気が怪しくなり、あからさまな婿いびりが始まった。そして嵌められて離縁され家を追い出された。鬱々とした中、彦四郎は夜鳴き蕎麦屋の親爺から向島土手下の三囲稲荷が霊験あらたかな出世稲荷で、その稲荷に願をかけて川路左衛門尉や榎本釜次郎らは出世したと聞いた。彦四郎は帰途で三巡稲荷を偶然見かけて願をかけた。その話を母にすると、その稲荷にはツキガミ様と言われていて手を合わせてはならないと言われたが、時既に遅し。恵比寿大黒に似た丸顔の男が彦四郎に近寄り、伊勢屋と名乗った。彦四郎は夢が実現かと思いきや、「貧乏神」と名乗られ、しかも人に取り憑くのではなく、家に取り憑くのだと聞かされた。彦四郎は、出戻りの厄介者の分際で家まで潰してしまってはご先祖さまに申し訳ないと思っていると、さっそく兄の家が札差に俸禄のすべてを押さえられてしまった。彦四郎が四苦八苦する中、久しぶりに村田小文吾に出会い、そこで貧乏神の宿替え先を井上軍兵衛とすることの願いをかけた。すると貧乏神は退散し、今度は井上の屋敷が焼失した。彦四郎が火付け犯人と疑われ、御使番の青山主膳が彦四郎を訊問する。そこに伊勢屋こと貧乏神が現れ、やってもいない犯行を彦四郎が認めないように事実を証言して彦四郎の疑惑は晴れた。貧乏神は自分は消えるが、次に疫病神がやって来て、七転八倒すると言って消え去った。次に現れたのが九頭龍為五郎という力士だった。彦四郎は疫病神も井上軍兵衛に宿替えを祈念した。