秘図 池波正太郎短篇ベストコレクション2 池波正太郎

2008年1月25日初版第1刷発行

 

秘図

日本的南画の完成者といわれ、雄渾超俗の名作を数多く残した江戸中期の画家、池大雅の妻で、これも女流画家として知られる玉瀾女史は、遂にその存在を知られることなく歿した旗本徳山五兵衛と祇園社茶店の女主人との間に生れた、お町その人である。

この一文を書くために、57歳で火付盗賊改に任ぜられ、大盗日本左衛門を逮捕して江戸中にその名を広めた徳山五兵衛は、日中は誠実精励の勤務を愛し、深更の秘画潤筆にいそしみ、その矛盾は歳月の波濤に揉まれ、習慣の反復に押し均され、事ともしなくなり、風貌は苦みを帯びたということを書いたのだな、と得心がいった。

 

刺客

児玉虎之助は執政原八郎五郎から、恩田木工の屋敷から江戸藩邸の駒井理右衛門へ出された密使の平山重六を斬り、密書を奪うよう命じられた。虎之助は命じられたままに実行に移すが、原は藩主真田信安の愛妾お登喜と密通していた。密書はそのことを綴られた虎之助の初恋の相手以乃の恩田木工に宛てた遺書だった。以乃の兄小林郡助は闇から闇に葬られたため、以乃は兄が信頼する恩田に遺書を送り、自らは自害していた。真実を知った虎之助は駒井に密書を届け、これにより信安の怒りは頂点に達し、原には懲罰が申し渡された。虎之助は恥じ入るばかりで恩田に浪人になることを告げると、恩田から以乃の遺品の蒔絵の手鏡を渡され、肩を激しく震わせて突伏した。