柳橋物語 山本周五郎

昭和61年4月10日発行

 

ある日、おせんは幼馴染の庄吉に呼び出され、明日から上方に行く、おせんのことが好きだ、帰ってくるまで待っていて欲しいと告白された。おせんは「待っているわ」と返事する。庄吉は幸太が言い寄ってきても相手にしないで欲しいとおせんに頼む。幸太も大工の杉田屋に住むライバルで幼馴染。庄吉が江戸を去ると幸太はたびたびおせんに会いに来た。しかしおせんは庄吉の言いつけもあり、また杉田屋自身、おせんの母とも浅からぬ縁もあって孝太との縁談話を拒絶した。そんな折、おせんの祖父である源六が卒中で病床に伏せ、何とかおせんの力になろうとする幸太に、おせんは変な噂が立つから来ないでくれと冷たくする。幸太はおせんの心に庄吉がいることを知り、あばよと言って去って行った。江戸の町で火事が起きると、幸太が自分の命と引き換えにおせんを救出する。幸太はおせんをいかに愛していたか、おせんから拒絶されていかに苦しかったかを告げて亡くなってしまう。火事が一段落し、岩陰で泣いていた他人の赤子を抱き抱え、茫然自失となったおせん。おせんはショックで記憶喪失になってしまう。周りの温かい人情に囲まれて赤子は幸太郎と名づらけた。おせんはその名前は付けていけないと思うのだが、どうしてダメなのか思い出せない。いつしか自分の子と思うようになった。記憶は徐々に回復し、庄吉が迎えに来てくれると約束したことも思い出した。そんな折、庄吉が上方から江戸に帰ってきた。おせんは庄吉と再会を果たしたが、庄吉は赤子が幸太の子だと思い込み、約束を破ったと勘違いしておせんをなじる。違うというなら、子を捨てろと。一度は子を捨てる覚悟を決めたおせんだったが、そんなことはできなかった。おせんは庄吉に待っていると告げたが、庄吉は別の女性と結婚した。そのショックでおせんは半ば気が触れた状態になった。が庄吉が結婚したことで味わった苦しみを幸太も味わったことを知り、いかに自分を愛してくれていたのかに気付いたおせんは、ようやく幸太郎を自分と幸太の子と思えるようになった。庄吉はおせんが幸太を拒み続けていたことを後日知っておせんの前に姿を現したが、もはやおせんの幸太への愛は変わらなかった。