つゆのひぬま 山本周五郎

1988年4月10日発行

 

妹の縁談

二人ともかなりの美貌を持つ姉おしずと妹おたかだが、妹想いの姉は妹に縁談話が来たので妹を先に嫁に出そうと知恵を絞る。二人がこれまで結婚しなかったのは問題の兄を抱えていたからだったが、姉は縁談先に兄のこともすっかり話をして、後は妹の了解を取り付けるだけだった。姉は自分にも縁談話があるかのように妹に話をして、妹の説得に成功する。お姉さんがドジで面白くて兄想いのとてもいいひとです。縁談先は姉の人柄を見てこんな人ばっかりなら世の中はもっと住みやすくなると語るあたりは人情話としても逸品です。落語の目黒のサンマのような締め方がピリッと聞いてます。

 

水たたき

居酒屋の店主は裏の浪人に、惚れた女は妻にするなと言う。店主の妻は、2年ほど前に家を出て戻ってこなかった。店主は妻が大好きで心底ほれ込んでいた。それ故に1度位浮気を赦してやると言うと、その気になった妻が男に会いに行った。ところが3日経っても帰ってこないために店主は男も妻も許せなくなった。妻は男と浮気するつもりで男に会いに行ったが、浮気をせず、さりとて一度浮気をしようになった自分が許せず身投げをしてしまった。2年経って真相を知った店主だからこその言葉が冒頭の言葉だった。水たたきとは水すましのことらしい。

 

凍てのあと

華美を取り締まる改革のために贅沢物は御禁制となったが、それでも生活のためには裏で売るしかなかった。しかしそれが発覚し咎められると、その罪は京清の職人栄次一人が背負った。その代わりに京清から実家の生活の面倒を見てもらい、嫁も貰うことに。栄次は納得して罪を被ったわけだが、調べのお白州で、揃いも揃って偽証する同僚の姿に人間不信に陥った。牢を出た後、嫁を貰う気にもならず、気晴らしに釣りばかりしていたが、そこで知り合った浪人と仲良くなる。浪人は隣に住んでいたので、頻繁に酒を酌み交わす仲に発展したが、浪人も誰にも言えない悩みを抱えていた。他人の許嫁に想いを寄せ許されない恋に陥った浪人と許嫁は目出度く夫婦となるが、足を斬られて働けなくなった浪人の代わりに許嫁は姿を隠して金を稼ぎ始める。浪人は許嫁を信じることができず、同じく人間不信に陥っていた栄次だったが、酔うことでしか己を紛らわせることができない浪人の辛さに思いを馳せることで栄次は次第に立ち直っていき、遂に浪人も栄次も嫁を娶るところまで凍てついた心が解けていった。

 

つゆのひぬま

癆痎の夫と子のために娼家に身をやつしたおひろは、真実の愛なんてものは朝の露が乾くまでのほんのひととき、つゆのひぬまと言うが、おぶんは思いつめた客から不幸な境遇を聞かされ、男のことを一途に信じていた。男は5歳の時から辛酸をなめ尽くしペテンを食わされて匕首を隠し持って復讐しようとしていたが、おぶんは男のために匕首を箪笥に隠した。おひろは次第におぶんの生き方に感化を受け、街が洪水に襲われて死んでしまうかもしれない際に自らの嘘を認めるに至る。そして男露の干ぬまなんて云ったことを取り消し、洪水の中でおぶんを助けるために命がけで男が現れると、コツコツ溜めた給金をおぶんの懐に押し込んだ。