散り椿《上》 葉室麟

2020年5月20日発行

 

病に伏した妻が夫に、故郷の散り椿がみたいと言いながら、自分が死んだら夫一人で故郷に戻ってやってほしいことがあるという。夫に打ち明けず永年胸に秘めた想いを話した。その内容とは?という導入で始まる。

半年後、浪人の瓜生新兵衛が故郷の扇野藩に戻った。宇野十蔵と坂下藤吾が山廻りしていたところで新兵衛と遭遇した。藤吾の父源之進は1年前突如自害してこの世を去った。勘定方だった源之進は、家老石田玄蕃から使途不明金を糾問され、無実だと反論したが、突然、別室で腹を切った。藤吾は新兵衛のことを知らず、十蔵は新兵衛を知っていた。十蔵によれば、新兵衛は一刀流平山道場で代稽古をしていたが、藩から放り出されたとのことだった。藤吾は帰宅後、母の里美に新兵衛と遭遇したことを告げると、里見の顔色が変わった。新兵衛は里美の姉篠の夫だった。里美は、新兵衛は上役が商人から賄賂を受け取っていた不正を許せず重役に訴え出たところ追放になったが追放の3年後に不正が明るみになり、間もなく上役が斬り殺され、新兵衛に呼び戻しがかかったが新兵衛は戻らなかったと教えてくれた。翌日、藤吾は篠原三右衛門の屋敷を訪ねて新兵衛の事を聞いた。新兵衛が訴えた上役は榊原平蔵で、今の側用人榊原采女の父親だということ、三右衛門と新兵衛、源之進、采女は平山道場に通い四天王と呼ばれて互いに武芸を磨いていたこと、采女は篠と、源之進は里美と夫婦になると思われていたが、篠が新兵衛を婿に選んだので痛飲したこと、平蔵が暗殺された頃から源之進は采女を怯えるようになったことなどを教えてくれた。新兵衛は篠が亡くなって故郷に戻った。里美が新兵衛を家に招き入れたことは藤吾にとり面白くなかった。新兵衛が平山道場に顔を出すと、代稽古の十五朗は父から平蔵の死体を検めた際に切り口から平山道場の者が犯人だと教えられたことを聞いた。平蔵が賄賂を受け取っていたのは紙屋の田中屋惣兵衛だった。平蔵を斬ったのは新兵衛だと田中屋は言っていた。平蔵は家老の石田の懐刀で石田のために金を作っていたという噂があった。15年前に平蔵が殺されたのはその真相を闇に葬るためだと睨んだ新兵衛は田中屋に姿を現し、田中屋の尻尾を掴もうとしていた。再び山廻りに出た藤吾は、来春、若殿が国入りし家督を継げば親政を始めるつもりであり、家老は飾り物にし、采女らを側近に置いて藩政を改める考えであることを知った。その帰り道、藤吾は何者かに命を狙われたが、密かに跡をつけてきた新兵衛に救われた。新兵衛は藤吾を連れて采女の下を訪れると、藤吾は采女から平蔵殺しの犯人がやはり源之進であることを暗に諭された。話の途中で采女の母親が現れ追い返され、帰り道、新兵衛から采女と篠の縁談を壊したのが采女の母親で、そのため篠が新兵衛に嫁いだことを教えた。翌日、藤吾は殖産方を外れ郡方に異動し、実際には隠し目付を言い渡され、蜻蛉組に入れられた藤吾は、新たな水路を作りたくない筆頭家老石田玄蕃のために行動することを求められた。家老と采女との板挟みになった藤吾は、新兵衛に相談して采女とのつなぎ役になって貰いたいと頼む。奉行の山路内膳に挨拶すると、藤吾が家老から見張り役として遣わされたことを見抜き、源之進の轍を踏むな、家老に使われた者は行く先が覚束ないので心せよと忠告された。蜻蛉組組頭から呼び出されると、田中屋の賄賂は家老の石田が横領したものでなく、その背後のいる鷹ヶ峰と呼ばれる藩主親家の庶兄刑部家成で幕府での出世を目論んでいること、藩主親家は政家が新藩主となるに際し藩内をきれいにしようとして事の真相を調査し始めたことを教えられた。蜻蛉組に入った藤吾に縁談を破棄するとの非情な報せが入った。理由は源之進が平蔵殺しの犯人であることがいずれ判明するため、三右衛門は嫁にやるわけにはいかないということだった。田中屋は采女に底恐ろしさを感じて新兵衛に用心棒を依頼した。同時に庄屋殺しが起きた。藤吾の下に美鈴が訪れて父が勝手に破談にしたことを打ち明け、父の進める縁談を断るので藤吾と一緒になるまで待ちたいと言った。内膳から執政会議で罷免されたが采女が同意しないので、家老と采女の戦いは若殿が帰国する春先までもつれると明かされた藤吾は、誰が平蔵殺しを実行したのか家老が調べていることを聞き、源之進でないとすれば采女しかいないことに気付いた。田中屋は新兵衛に起請文を賊に奪われないよう守ってほしいと打ち明けた。蜻蛉組小頭が藤吾を呼び出し、起請文を一緒に奪いに行くのに同行せよと命じた。同時に田中屋を襲った賊がいたが、いずれも新兵衛が何とか田中屋の一命を取り留めて追い返したが、覆面をしていた小頭は新兵衛の太刀で十五朗だったことが判明した。奪われた起請文は偽物で本物を田中屋は新兵衛に託した。新兵衛は起請文の署名が奥平刑部とあることを知り、世子派と家老派の対立の根底に刑部を除くか守るかにあることにあることがハッキリした。