2006年8月5日第1刷発行
漱石を読んできた私にとって、この本は、漱石の小説をどう読むべきかを振り返るのに有益でした。著者は「天才の理由その1」で、漱石は「日本人にとっての近代的自己とは?」「恋とは?」「死生観とは?」といった近代日本人にとっての共通テーマをとことん悩み抜き、『坊ちゃん』というユーモア小説でネガティブパワーを愉快に反転させる生き方を見せた、とします。中でも、漱石は「文学とは何か」との問いに悩み続け、留学先のイギリスでは、ノイローゼとなり、発狂したとまで噂されるほどに深く悩み続け、遂に「自己本位という四字をようやく考えて」「自分の鶴嘴をがちりと鉱脈に掘り当てた」、それが「根本的に自力で作り上げるよりほかに、私を救う途はないのだと悟った」ということだったわけです。その結果、「僕は一面において俳諧的文学に出入すると同時に一面において死ぬか生きるか、命のやりとりをするような維新の志士の如き烈しい精神で文学をやって見たい」との心境に至ったというのです。ここまで読んで、ハタと私も、18歳の頃、師匠が漱石の懊悩を通して語ってくださった言葉が蘇りました。「足下を掘れ、そこに泉あり」と。
次に「天才の理由その2」で、漢学から英文学、落語をミックスして「現代日本語の骨格を作った最初の国民作家」であるとして、幸田露伴や樋口一葉に比べ、漱石の文体がいかに読みやすいかを解説しています。最後に「天才の理由その3」で、「才能を見いだす眼力」「日本を支える人材を育てたいという高い教育欲」をあげて、芥川龍之介、和辻哲郎、小宮豊隆、森田草平、鈴木三重吉、阿部次郎、安倍能成、寺田寅彦などを育てたことを取り上げています。
本自体は第1章から第5章までで構成されており、特に第3章の「漱石の考え方」に取り上げられた、漱石の書簡等からの引用が、心憎い程に漱石らしさを際立たせてくれています。「僕は死ぬまで進歩するつもりでいる」「功業は百歳の後に価値が定まる」「時鳥厠半ばに出かねたり」「牛になることはどうしても必要です」「余の博士を辞退したのは徹頭徹尾主義の問題である」など珠玉の言葉に溢れています。
このシリーズは面白そうなので、これからも読んでみたいと思います。