猟銃・闘牛 井上靖

昭和25年11月30日発行 昭和41年10月30日27刷改版 平成7年1月20日73刷

 

「闘牛」は第22回芥川賞受賞作。

裏表紙「ひとりの男の十三年間にわたる不倫の恋を、妻・愛人・愛人の娘の三通の手紙によって浮彫りにした恋愛心理小説『猟銃』。社運を賭した闘牛大会の実現に奔走する中年の新聞記者の情熱と、その行動の裏側にひそむ孤独な心情を、敗戦直後の混乱した世相のなかに描く芥川賞受賞作の『闘牛』。無名だった著者の名を一躍高からしめた初期の代表作2編の他『比良のシャクナゲ』を収録」

 

闘牛

 フィクション小説ではあるが、モデルを取材して出来上がった作品のようだ。

 主人公・津上は、新大阪新聞編集局長だった小谷正一氏がモデル。西宮球場で開催された新大阪新聞社主催の闘牛大会をモデルに、作者が小谷正一氏から詳しく取材して執筆した作品。戦後1年半の日本人の全てが持っていた悲哀を表現した、と作者は語っているらしい(高木伸幸「井上靖『闘牛論』」)。

 社運をかけて開催した闘牛大会が大失敗に終わる一方で、闘牛大会を指揮した津上と愛人の関係も終わる。闘牛大会を切り盛りする津上の周辺には様々な人物が登場するが、その中でも大会の開催直前になって登場する三浦吉之輔という人物に津上が抱いた心の奥深いところの描き方が個人的にはとても面白かった。曰く「彼の中の何が自分に敵を感じさせるのであろうか。三浦と初めて会った日彼の頭を掠めた疑問が再び津上を捉えた。しかし津上は気附いていないのであった。彼に反撥を感じさせる三浦のもっているものが、取引以外いかなる感情をも示さないエゴイズムでも、小面憎いほど明快に割り切る彼一流の合理主義でも、はたまたあの意欲的な傲岸な眼でもなく、全く違った他のものであるということを。幸運が常にその為すところについて廻る、いわば三浦の持って生まれた星廻りのようなものこそ、津上の持っている、ともすれば破局へ突き進もうとする全く対蹠的なそれと、根本的に相容れないのであった。津上は自分に勝つに違いない男を憎んでいるのであった」

 津上の持っているものとはそもそも違うものを持っている三浦に対して、無意識のうちに感じる憎しみとその背後に対する悲哀とでもいうのが良いのか良く分からないが、そんな津上の内面の描き方はさすがだと感心した。もっともこの三浦の仕事との関係でいうとどうして三浦がそんなに凄いものを持っているのか、良く分からないところもあるのだが。