2019年6月5日第1版第1刷発行
帯封「『これだけは書いておきたい…』著者が最後に、そして初めて『近代』に挑んだ未完の大作。陸奥宗光、欧米列強と闘い続けた男 たとえ批判にさらされようとも、外交官・陸奥宗光は上を向いて歩き続けた。解説:細谷正充 坂本龍馬の姉を描いた短編『乙女がゆく』を特別収録!」「『明治になって初めて日本人は生まれた』『国家というものは、国民を不幸にするものであってはならない。最大多数の最大幸福を目指すのだ』-陸奥の主張は葉室麟の主張だ。主人公の理想の先に、作者の求める日本という国があり、国民がいるのだ…『解説』(細谷正充筆)より抜粋 『暁天』から、厳しい現実から逃げずに闘った父の息づかいを感じていただけましたら幸いです『刊行に寄せて』(葉室麟長女・涼子筆)より抜粋」
明治時代の外交官、陸奥宗光。陸奥は改名後の姓で、もとは伊達といい、紀州の武家の出。勝海舟の海軍塾での陸奥の評判は悪く、塾生たちは陸奥のことを“嘘つき小次郎”と評していたと『氷川清話』にあり、小太郎は姓も名も変えてしまった。坂本龍馬仕込みの交渉力で不平等条約の解消を目指し外務省入りした陸奥は、まずはメキシコの公使ロメロとの見事な交渉で日本にとって初めての平等な条約(日墨修好通商航海条約)を締結するのに成功し、翌年、念願だった日米改正通称条約にも調印した。その少し前に高知出身の逸材馬場辰猪(陸奥と出会ってから労咳で間もなく死んでしまう)から、諸外国との不平等条約が改正できないのは諸外国が日本を侮っているからだ、それを外交の力でやろうというのが陸奥の考えだろうが、アメリカ独立戦争を通して、日本が諸外国と対等になるためには理想だけでは無理で武力が対等でなければ相手にしないから独立戦争での勝利が必要だという。この考えにどこまで陸奥が賛成したかは分からない。しかし、やがて日清戦争、日露戦争へと向かい、それと相前後して、不平等条約を順次解消していったというのが歴史の流れでもある。
未完の作品ではあるが、最後の、伊藤博文と陸奥との会話は、本作のテーマを示している。伊藤は不平等条約の改正が実現できたとしても、戦争に勝った国民は条約改正だけでは満足しない、これから国民の大きな欲望を抱えて奔ることになると嘯くが、陸奥は伊藤の言葉に眉をひそめ、そうならないためにわたしがいるのだと内心呟き、「自分は暁に輝く明けの明星として、国家の行く末を照らさねばならない」と思った(200頁)。本作は201頁で終わるので、かろうじてテーマを書き切ったということだろうか。