昭和26年10月25日発行 昭和43年9月10日37刷 昭和54年4月30日56刷
裏表紙「豊かな詩才にめぐまれ、傲慢で虚栄心の強い美しい女性藤尾は、その濃艶な魅力で温厚な秀才小野の心を惹きつける。小野はやがて藤尾の遊戯的な愛に気付き、古風でもの哀れな恩師の娘小夜子と結婚する。小野の裏切りにより、ついにすべてを失った藤尾の破局に向かう凄愴な姿を通して、道義の中に人間の真の生を追究し、現代人の心をも激しくゆさぶる問題作である。」
甲野欽吾と宗近一は比叡山を目指して山登りをしていた。宗近一は意気揚々だが甲野欽吾は嫌々だった。東京の小野宅で欽吾の妹藤尾が小野清三になぜ一緒に行かなかったのか尋ねると、小野は口ごもっていた。京都三条の宿屋蔦屋で、隣家の娘が奏でる琴の音が聞こえてきた。欽吾は自分でなく妹に家を継いでもらいたかった。宗近一は生前甲野の父から藤尾を嫁にとの話をしたことがあった。清三の元に恩師井上孤堂から、孤堂が娘小夜子と京都から東京へ引っ越すとの手紙が届いた。清三は藤尾を想っていた。欽吾と宗近一の2人は、保津川下りを終えると、琴を弾く娘が父親と一緒にいるのを見かけた。藤尾と宗近糸子が話をしている最中、清三が訪ねてきた。糸子は旅行中の兄から手紙をもらい、隣家の琴を弾く娘のことが書かれていた。藤尾は糸子を相手にせず、清三が藤尾の相手をした。欽吾と宗近一が東京へ帰るために乗った汽車には、偶然、孤堂と小夜子も乗っていた。父娘は5年ぶりに会う清三の話をしていた。欽吾と宗近一がコーヒーを飲もうと隣の号車に移動する際に父娘がいるのを発見した。清三は父娘を新橋駅に迎えに来ていた。藤尾は母から宗近一とどうするのか聞かれると、あんな趣味のない人は嫌だと答える。東京の井上宅で清三は小夜子と話したが、5年の月日は清三を小夜子を寄り付けない姿に変えた。清三は小夜子を面白みのない詩趣に乏しいと思ったら帰りたくなり暇を告げた。小夜子は父の帰るまではと引き留めたが、彼は出てしまった。帰ってきた父は、博士論文で忙しい時だから気にするなと言い、小夜子の落ち込みにそれほど気遣う様子はない。謎の女が宗近宅に乗り込んで来た。どうやら謎の女とは甲野の後妻で、欽吾を心配して宗近の父と話をしていた。義母は欽吾に嫁を取らねば草葉の陰で配偶に合わす顔がない、実母でないので強く言えず、宗近の父から欽吾に話をしてくれないかと頼む。宗近糸子は兄の宗近一に、藤尾は清三のような優等生が好きで、兄のような外交官試験に落ちたり落第する人は相手にしないと忠告するが、兄は相手にせず、欽吾は京都からの帰りの汽車で見た小夜子に見惚れて茶碗を落とした等と話した。欽吾、藤野、宗近一、糸子の4人で東京博覧会に出掛ける。4人は茶屋で井上父娘と清三を目撃する。清三は孤堂先生の世話をするために藤尾と結婚する、だから小夜子とは結婚しないと人が聞けば立派だと思うと考えた。藤尾に会いに行こうとした矢先に小夜子は小野宅に現れ、博覧会に連れていってもらった礼を言い、父の助言で一緒に買い物に行こうと誘うが、清三は出かけるからと断る。藤尾は昨夕清三が娘を連れていたのを見て嫉妬していた。清三が甲野宅を訪れると、藤尾は昨晩博覧会で娘と一緒にいるのを見たと言い、清三の心情を知りながら清三を困らせて愉悦に浸る。欽吾は糸子に、藤尾のような今風の女は古風の女を5人殺してしまう、糸子は変わらないでほしい、嫁に行けば変わってしまうので、嫁に行くのは勿体ないと言う。恩師の買い物を済ませて井上宅へ向かう清三が途中で宗近一と会い小夜子のことを尋ねられる。藤尾には小夜子のことで嘘を付いてしまい煩悶しながら井上宅に到着した。井上父からかねての約束を果たすよう迫られ、3,4日待ってほしいと答える。帰り道、清三は己れの気の弱さ、優柔不断を悔やむ。甲野宅で義母と藤尾は、家を継がないという欽吾に、藤尾に家と財産を譲ってもらい、藤尾は清三と結婚すると決めて、義母は欽吾に家を継ぐ気がないのか改めて確認した。欽吾は継ぐ気はない、藤尾の相手は清三より宗近一の方がいいと言うが、藤尾は清三の方がいい、宗近は嫌だというので仕方なしに了承した。宗近宅で、宗近一は、外交官試験に合格したので藤尾を嫁にもらうと父に伝え、妹の糸子には欽吾の嫁になるのが良い、欽吾に娶ると約束させると請け負って甲野宅へ向かう。清三は知己の浅井から無心されると了解する代わりに自分と小夜子の結婚を自分の代わって断ってほしいと頼んだ。無論井上先生の世話は結婚するしないに関わらず生涯するとの伝言も頼んだ。甲野宅へ向かった。欽吾は自室に宗近一を招き入れ鍵をかけ、藤尾は諦めろと言う。欽吾は、偽物の母が内心抱いている希望通りにするために自分はそれだけの犠牲を敢えてして家を出て財産を妹にやるのだと語る。それを聞いた宗近一は涙を流し、妹の糸子は尊い女だ、金が一文もなくて堕落する気遣いのない女だ、糸子を嫁に貰ってくれと哀願する。