2008年5月30日発行 2008年7月25日2刷
帯「彼に惹かれてゆく、夫を愛しているのに-廃墟の多く残る静かな島を舞台に描く、美しい切なさに満ちた長篇恋愛小説」「静かな島で、夫と穏やかで幸福な日々を送るセイの前に、ある日、一人の男が現れる。夫を深く愛していながら、どうしようもなく惹かれてゆくセイ。やがて二人は、これ以上は進めない場所へと向かってゆく。『切羽』とはそれ以上先へは進めない場所。宿命の出会いに揺れる女と男を、緻密な筆に描ききった哀感あふれる恋愛小説。」
セイはかつて炭坑で栄えた小さな島の小学校の30代の養護教師。学校の生徒は10人もいない。画家の夫陽介と2人で、セイの父が生前診療所をしていた家で穏やかに暮らしていた。ある日音楽の教師石和聡が赴任してきた。ぶっきらぼうで変わり者だった。仲の良い奔放な性格の同僚教師の月江は妻子ある男が東京から島に通ってきた。島の人も良く知っていて本土さんと呼んだ。石和聡は料理がとても上手だった。月江が石和聡を筍採りに誘い、料理は彼がしてくれ、私や夫、月江と本土さんに振舞ってくれた。セイと夫は2人とも島の生まれで陽介は3歳年上だった。セイは父の葬儀で島に帰った時、夫と出会い、その後付き合いが始まって島で結婚式を挙げた。セイは年老いた独り暮らしのしずかさんの家に時々寄った。家が雨漏りをしていたので、修理が必要だった。帰り道に出会った石和と、しずかさんの家の雨漏りが話題になり、そのまま石和が家に寄ってくれて歪んだ樋を直した。夫の両親は本土でマンションの管理人をしている。セイと夫は月に1,2度彼らを訪ねた。石和は子供達の前で笑顔を見せるようになった。海開きの日に石和は故郷は南の方だといったが、筍採りの時には北の方だといっていた。私に指摘して欲しかったのだろうか。私は矛盾に気づかないふりをした。東京に夫と2人で旅行に出掛けたが、夫が東京は落ち着かない、やっぱリ島がよかというと、セイは自分がどんなに島に戻りたがっていたかに気づく。島に戻ると、盆踊りだった。石和が変わって見えた。しずかさんが熱を出し見舞いに行くと、あの人も前日来たという。あの人?と聞くと、しずかさんは、あんたの、いい人、と言ってきっきっきと笑った。本土さんが1か月以上妻に滞在して月江と一緒にいた。本土さんの妻が島に乗り込み、大喧嘩になった。石和が登場して妻にけちけちしないで男の1人や2人くれてやれと怒鳴ると、空気の抜けた風船みたいになって皆収まった。本土さんは妻と一緒に東京に帰った。セイと夫がちり鍋を食べ始めると、突然月江が訪ねてきて石和と寝たと言った。夫は痛々しくて見ておれんと言った。私は頷いた。保健室に怪我をして現れた石和に確認すると、石和は、僕らセックスフレンドというやつになったという。月江の家を訪ねると、月江は石和の妻になると言う。セイは夫のアトリエに入る。夫のアトリエで梁の上のマリア像が目に止まる。母が父の誕生日に贈った木彫りの像。母がこれをトンネルの跡で見つけた。父がよく見つけてくるねえというと、母は「切羽までどんどん歩いていくとたい」と答えた。
しずえさんが亡くなった。本土さんが島に来て石和と殴り合いの喧嘩になり、やめんかと夫が大きな声を上げた。新学期が始まったが石和が来なくなった。しずかさんの家の片付けに向かうと、石和がいた。石和が島を出るという。そこに夫が来た。セイは石和を連れて海が見える所に行き、崖の中腹を指さして、母がかつてセイに云った言葉を伝えた。「トンネルを掘っていくいちばん先を、切羽と言うとよ。トンネルが繋がってしまえば、切羽はなくなってしまうとばってん、掘り続けている間は、いつも、いちばん先が、切羽」。石和は何も返事をせず、さようならとだけ言った月江は本土さんと寄りを戻した。セイが島を出ていくんじゃないかと思った、妻って人種は妖怪だという。4月に入ってセイは妊娠し、夫は喜んだ。充実した顔をしていた。