仏教ー調和と平和を求めて Buddhism:A Quest for Unity and Peace ヨハン・ガルトゥング 高村忠成/訳

1990年12月20日発行

 

帯封に「『平和学』の世界的権威が現代に問うー仏教が”調和と平和”世界創出に果たす役割。地球的諸問題解決へ貴重な試みー中村元東大名誉教授」とある。

「序」は中村元教授による。最後の2行に「地球住民であるわれわれに対して惰眠から覚醒させ、解決のための考察に手がかりを与えてくれる貴重な試みである」とある。

「はじめに」は著者の執筆動機や経緯がかなり詳しく記載されている。

目次は次のとおり。

プロローグ 仏教と地球的諸問題

第1章ー仏教と世界平和

 1 平和論への導入

 2 仏教と平和ー20の長所

 3 仏教と平和ー6つの短所

 4 仏教の可能性

第2章ー仏教と社会の開発

 1 適合性と両立性

 2 仏教と社会の開発ー5つのポイント

 3 政治的メッセージとしての宗教

 4 仏教の社会・経済・政治的原理

第3章ー仏教と人間の悟り

 1 精神障害の概念化

 2 仏教と調和

 3 仏教の無我説

 4 仏教の認識論ーその長所と短所

第4章ー仏教と自然のバランス

 1 5つの宗教・一つの自然

 2 自然に対する宗教的アプローチ

 3 西洋宗教の自然観

 4 東洋宗教の自然観

第5章ー仏教と文化的適正さ

 1 起源

 2 キリスト教と文化

 3 仏教と文化

 4 キリスト教の樹木と仏教の車輪

エピローグ 調和と平和の創造に向けて

訳者あとがき

 

 難解な箇所が少なからずあったが、本書の内容の概要は次の通り。

「平和(第1章)と開発(第2章)に関するマクロな問題から始めて、次に人間の悟り(第3章)と仏教の自然観について考察し(第4章)、さらに世界文化における仏教の位置を解明する(第5章)。最後に、「本文中で展開された仏教思想におけるマクロとミクロの間のジレンマに再び考察を加えて、総括的エピローグとする」

 内容的に面白いと感じたところをアトランダムに指摘しておきたい。

 仏教には6つの短所がある。

①仏教は、その寛容性のゆえに、たとえば軍国主義という極めて暴力的な組織をも容認しがちである、

②また、経済政策における構造的暴力も黙認しやすい、

③僧伽(サンガ)は、しばしば社会から孤立して自閉的集団と化す、

④報酬と見返りをもたらす権力に、ときに簡単に迎合する、

⑤容易に敗北を受け入れる“宿命論”に陥る傾向がある、

⑥ときとして儀礼的になり、華美になり、けばけばしくなるー

 国内及び国家間における平和の二つの変数としては、①直接的暴力の欠如と②構造的暴力の欠如があるとし、それぞれについて仏教の立ち位置を検討したうえで、「仏教は直接的暴力と構造的暴力、あるいはそのいずれかを正当化することはできず、文化的暴力で満ちている状況を正しいとすることもできない」とし、「文化的暴力」とは「文化の中にあって、直接的暴力と構造的暴力、あるいはそのいずれかを正当化する要素と定義している。この場合の文化とは、宗教、イデオロギー、一般的には社会科学とくに経済学を含む科学、芸術、言語等々である」

「理論命題と現実命題との対立・・には、基本的な非対称性がある。原理的には、現実は最終の審判官である。もし理論が現実を反映しなければ、理論は譲歩しなければならない。なぜか。本質的には現実は神がつくったものであり、理論は人間の手によるものだからである。もし理論を優先させようとすれば、それは人間が神の上に立つことになる。すなわち神への冒とくになる。私は、このことが西洋的認識論の基本原理である経験主義の源にあると思う。そこからは、実証主義にあと一歩である。私の理解によれば、実証主義とは、現実のあり方がそのまま将来のあり方でもあるという原理である。つまり経験を超えることが不可能なのである。今日において妥当な知識は、明日もまた、その次の日も妥当であるということになる。実証主義こそは現代のキリスト教である」

 その上で、著者は「結論としては、仏教は平和を目指す極めて強固な倫理システムであると言えよう。しかし、仏教には弱点もある。それは、個人的要素を過度に強調するために、秘められた悪のメカニズム、構造の悪を解明する視点が弱いということである。国民国家や大企業、ことのついでに言えば結婚のように、その悪い構造が大きくなればなるほど、われわれはそれに慣らされてしまい、その構造の暴力が強化される。例えば、仏教徒は兵役につくことが出来るかという問題がある・・」「しかし、それは道徳的事柄というより政治的事柄なのではないか」「世界は平和創造の戦いにおいて仏教の倫理を必要としている。それは人間の間だけではなく、この点が仏教の強みであるが、人間と自然との関係においても必要とされている。仏教は平和に関わる現実世界の問題に対決し、政治的戦いも含めて、平和に向けての戦いを開始しなければならない。もはや、その戦いの圏外に身を置く口実はどこにもない。仏教は多くの貢献をなさねばならない。なかでも、仏教にはすべてのものの、またすべてのものとの調和というメッセージがある。これこそが平和のための極めて強固な基盤である」という言葉で締めくくっている。

 ここに一部抜粋した内容のように短絡的に上記結論を導いているものでは決してない。詳しくは本書を参照して頂くしかないのであるが、個人的には上記箇所を大変興味深く読んだ次第である。