埋もれ火《上》 北原亞以子

2011年12月10日発行

 

「お龍」

明治30年、西村つるのもとに元海援隊の隊士安岡忠綱の息子重雄が坂崎紫瀾『汗血千里駒』を持って訪ねてきた。これには龍馬が恋した女が千葉周作の娘光子(実在する佐那という周作の弟定吉の娘のこと)と書いてあるが、龍馬が恋したのは寺田屋で捕方に囲まれたときに危急を知らせたお龍だけだとの自負がある。お龍は酒をあおりながら重雄に龍馬が佐那を好かぬ女だと言っていたことを話した。近江屋の2階で龍馬を殺害したのは公式には京都見廻組今井信郎で禁固の判決を受けているが、本当は誰なのかを聞きに重雄はやってきた。坂本龍馬正室お龍を支え続ける夫西村松兵衛だけは、酒浸りで鬱屈した日々を送るお龍を大事にした。

 

「枯野」

千葉灸治院を営む佐那子は、坂本龍馬の婚約者だった。そこへ痛風治療のため自由民権運動家・小田切謙明夫婦が訪ねる。治療の間、謙明は龍馬のことを話してくれとせがむ。定吉は龍馬のために黒紋付を誂えたが、佐那が龍馬と結ばれることはなかった。以来ひとりで暮らした佐那だったので、何も話すことはなかった。翌月も治療のために訪れた謙明夫妻だったが、夫を支える妻は謙明が選挙で落選して身代を潰した、これもご一新のせいだと語り、佐那も龍馬についていけなかったのも龍馬がご一新にとりつかれたせいだと語り合う。

 

「波」

近藤勇の門人・福田平馬は勇の愛妾おさわに新政府(東山道)軍に勇が連行されたことを急いで告げた。救出嘆願のために動こうとしても足を傷めて動けない。波に乗って一時は浮きあがった勇だったが、今度は引き波に乗って、周りも去ってしまったと感じるおさわ。勇の刑死を聞き、21歳にして尼となって仏門に入る決意をする。

 

「武士の妻」

一橋家の祐筆をつとめる松井八十五郎の娘・ツネは、多摩郡豪農・宮川久次郎の三男で、天然理心流の剣術を学び、宗家三代目近藤周助の養子・島崎勇に嫁ぐことになった。娘タマを生み、幸せな暮らしをしていたが、結婚してわずか3年後、勇が浪士組に加わって上京し、留守宅を守り続ける。やがて勇が新選組局長となり、武士の妻として振る舞うようになったが、その後、勇五郎(勇の甥)から勇の刑死を知らされた。生前、勇からおさわを頼むと言われていた。勇の刑死の翌日、おさわが自害したと聞く。勇の正妻なのにという周囲の声が聞こえる。懐剣を出して刃の上に俯せた。

 

「正義」

小島四郎(相楽総三)が、偽官軍として処刑されたと知らされた妻照は、夫を裏切り処刑した新政府に抗議するため、自ら命を絶とうとして3歳の河次郎に“いつか父上とわたしの悲しさを一人でもよいから人に知ってもらえるようにしておくれ”と言い遺して懐剣の刃を研ぎすました。

 

 「お龍」と「枯野」、「波」と「武士の妻」は対の作品。「正義」は小島四郎の知識がなくよく分からなかった。