2016年8月31日第1刷発行
切り貼りの月
深川常盤町の宇右衛門店(だな)で、1人暮らしを始めたお絹は、生活のために、店から小間物を仕入れ、小間物の行商を始めた。人柄がよかったので、馴染み客が次第に増え、得意先を回った。お絹の夫市次郎は松前藩で家老を務めていたが、5年前に江戸へ上り、2年後に12歳の勇馬を江戸へ呼び寄せた。ところが、市次郎は命を落とす羽目となり、勇馬の行方が知れなくなり、勇馬の行方を探し求めて、お絹は単身、勇馬を江戸にやってきた。実家に戻って再婚したらどうかという話もあったが、お絹はその気になれなかった。3年も江戸にいればその生活になじんだ。ある時、銚子から江戸に出て来た娘が男達に絡まれている所を助けたお絹は娘を連れて倹約のお茶をご馳走した。そこに娘の奉公先の許嫁がやってきて、噂を鵜呑みにして店を飛び出した娘を迎えにやってきた。お絹はお奉行の持田に勇馬の捜索を依頼しており、そのお奉行と帰り道が一緒になり、今日の出来事を話した。お奉行からは勇馬の行方が以前知れないことを伝えられたほか、市次郎は藩主に殺された疑いがあり、勇馬がそれを目撃したために行方知れずになったのではないかとの推測を語った。勇馬の掠れた声が甦ると、お絹は目尻から自然と涙がこぼれた。
青梅雨
松前藩の家老の近藤と村上がお絹を訪ねて来た。勇馬が見つからったら知らせてほしいと重ねて言って帰って行った。藩も行方がつかめていなかった。お絹は、山谷堀の船宿「初音屋」お内儀のおひろと知り合い、ある雨の日に訪ねた。ちょうど、おひろの娘のおいねと口喧嘩している場に出くわした。おひろの相手は、質屋「福助屋」の三男坊の長吉だと聞いて、お絹は持田におひろのことを相談した。持田は余生はお絹と一緒に送りたいなどと言い出した。おいねと出くわしたお絹はお節介を焼いた。おいねと長吉が「初音屋」の跡を継ぐ話においねは乗って来た。それをおひろに伝えると、おひろは喜んだ。帰宅すると、誰かが外に立っている。勇馬だと思った。慌てて外に出たが、濃い闇に包まれていた。声をかけたが返答はなかった。
釣忍
行商の行き先は武家屋敷だった。女性はもしかしたら持田の母親かもしれないと思い、あえて名前は聞かなかった。帰り道に長吉と出会い、長吉の舟に乗せてもらって帰った。舟の中で勇馬のことを話すと、長吉も探してくれるという。長吉は、陰間茶屋で話題になっている紋弥が勇馬だと思い、紋弥と会った。紋弥が起きぬが江戸にいることを知っていた。会いに行かないのかと長吉に訪ねられると、いずれ会いに行くが今はまだその時期じゃないと言ったという。ある時、陰間と出会い、思わず勇馬と声をかけた。持田が近く岡場所の手入れがあると伝えてくれた。持田は子息を保護するためだという。釣忍が飾られた武家屋敷はやはり持田の家だった。