玩具(下) 津村節子

1990年4月10日発行

 

氷中花

 母と弟の3人暮らしをしていた私は、ベッドの販売会社に入社した。この業界のことを何も知らないのに採用されたのは、ライバル会社に潜入するためだった。面接を受けた時にいた一人は会社役員だったが、1か月程して入社した目的が彼にバレてしまった。その彼から呼び出されて退職金代わりに大金を渡された。受け取る理由がないとして返そうとしても受け取ってもらえず、二人で使うことになった。二人で使い切ったら、それ以前の何も関係がない昔に戻る約束だった。お金は自分のためにスーツを買ったりコートを買ったり。選んでもらったお礼にネクタイを買ったりマフラーを買ったり。ナイトクラブに入ったり食事をしたり。そんなことを続けているうちに次第に一緒に映画を見たりしてお金が無くなって別れるのがさみしくなった私は彼の二号になった。彼は家をかってくれ、大学生だった弟の費用の面倒も見てくれた。私は北陸のある藩主の末裔で没落華族だったが、ある時、家の墓所区画整理のために墓じまいすることになり寺からお金を貰い、土中の掘り出しに立ち会った。側室の躯を見て正室と側室の違いが死後にまで区別された姿を見てショックを受け、社長が家族旅行に出かける姿をこっそり陰から見に行き、見たことを後悔した。私のかつての恋人から、今の彼が会社社長だと聞いて就職先を紹介してもらえないかと頼まれた。家に帰ると彼が来ていて、母が浮き浮きした口調でお待ちかねだと言う。口紅を塗り直すと俄かに生気が甦ったようになり、西の待つ部屋に入っていった。

 昭和38年直木賞候補になった作品である。

 

弦月

 佳代子は足が少し悪い。そのせいで婚期が少し遅れたが、28歳で葬儀屋の夫に嫁いだ。結婚した翌年、夫が病に伏せ、3年足らず亡くなってしまった。その間、中学を卒業して集団就職で上京し、18歳になった若者が葬儀社の仕事を手伝ってくれた。夫は彼を掘出し物だと言い、口数の少ない彼は仕事を早く覚え良く出来た。夫とは新婚旅行にも行けなかったが、夫の死後、一緒に温泉旅行に彼と出掛けて関係を持った。二人は昼と夜のけじめをつけた。彼の母親が上京して挨拶に来た。彼の結婚話を持ってきたのかと思いきや、末永く宜しくお願いしたいと言われて驚いた。佳代子は自分は少しびっこを引いているか尋ねると、彼は女の軽いびっこはみていて悪いものじゃないと言ってくれた。初めて男から優しい言葉をかけられた。

 この作品も昭和38年直木賞候補になっている。