客観性の落とし穴 村上靖彦

2023年6月10日初版第1刷発行 2024年2月10日初版第8刷発行

 

帯封「朝日・読売・毎日・東京ほか各紙誌賞賛!2024年新書大賞第3位 6万部突破!『数字で示してもらえますか』『それって個人の感想ですよね』『エビデンスはあるんですか』『その考えは客観的なものですか』この考え方のどこが問題なのか?」「肌感覚で恐縮ですが、どうも現在の日本社会には、何も考えずに『客観性=数字=良い』と考える『エビデンスオヤジ』や『客観性オヤジ』が10万人くらい跳梁跋扈しているような気がします。(中略)しかし、ひとびとによって饒舌に語られる、この『客観性』とは、そもそも、いったいなんでしょうか? 本書は『客観性とは何か』『客観性のメリット・デメリット』『客観性の見落としてしまうもの』について、高校生・大学生・もちろん大人にもわかるように、書かれた良著だと思います。中原淳 立教大学経営学部教授 『NAKAHARA-LAB.net』より」

 

裏表紙「『その意見って、客観的な妥当性がありますか?』この感覚が普通になったのは、社会の動きや人の気持ちを測定できるように数値化していったせいではないか。それによって失われたものを救い出す。」

 

目次

第1章 客観性が真理となった時代

第2章 社会と心の客観化

第3章 数字が支配する世界

第4章 社会の役に立つことを強制される

第5章 経験を言葉にする

第6章 偶然とリズム―経験の時間について

第7章 生き生きとした経験をつかまえる哲学

第8章 競争から脱却したときに見えてくる風景

 

・第1章と第2章では、私たち一人ひとりの生きづらさの背景に、客観性への過度の信頼があることを指摘した。自然も社会も心も客観化され、内側から生き生きと生きられた経験の価値が減っていき、だんだんと生きづらくなっている。第3章と第4章では、数値が過剰に力をもった世界において、人々が競争に追いやられる様子を描いた。数値に支配された世界は、科学的な妥当性の名のもとに一人ひとりの個別性が消える世界であり、会社や国家のために人間の個別性が消されて歯車になる世界だった。序列化された世界は、有用性・経済性で価値が測られる世界でもある。弱い立場に置かれた人たちは容易に排除され、マジョリティからは見えなくされ、場合によっては生存を脅かされる。・・第5章から第7章までで、このような人の声を聴くことについて考えてきた。語りを細かく読みとることで見えてくる経験のひだを第5章では示し、第6章では生き生きとした経験の内実を、生の偶然性と変化していく多様なリズムという視点から考えた。第7章では語りと経験を捉えるための方法として現象学を提案した。・・誰もが取り残されることがない世界を考えることが第8章のテーマとなる(149~150p)。

・本書では客観性と数値を妄信することに警鐘を鳴らした。顔の見えないデータや制度からではなく、一人ひとりの経験と語りから出発する思考方法を提案した。この思考は社会的な困難のなかにいる人、病や差別に苦しむ人の声を尊重する社会を志向することにつながる(171p)。

 

本書を読んで、コロナ禍でのメルケル首相の演説を思い出した。数字の背景には、一人ひとりの顔があり、経験がある。目の前の大勢の人に語りかけながら、一人ひとりに語りかける共感力を持たなければ、誰一人として心に響く言葉を発することはできない。岸田さんが不人気なのは、本人も周辺のブレーンも、この基本中の基本を全く理解していないからだろう。

パンデミック下でも人々の生活を支えて働く人々を、「スーパーに毎日立っている皆さん、商品棚に補充してくれている皆さん」などと具体的に示し、「あなた」という二人称を使って国民に呼びかける女性特有のこまやかな言葉遣いと心配りを忘れてはいけない。それは岸田さん一人の問題ではなく、一人ひとりの問題もあるし、私自身も問題でもあると自戒することが必要だということを改めて感じさせてくれた本だった。