ベートーヴェンの生涯 ロマン・ロラン著 片山敏彦訳

1938年11月15日 第1刷発行 1965年4月16日第17刷発行 1996年5月7日第63刷発行

 

ベートーヴェンの生涯

 思想もしくは力によって勝った人々を私は英雄とは呼ばない。私が英雄と呼ぶのは心に拠って偉大であった人々だけである。・・人格が偉大でないところに偉人は無い。

 ベートーヴェンは偉大な、とらわれない声であるーおそらく当時のドイツ思想の中では唯一の。彼はそれを自覚していた。彼は自己に課せられていると感じた義務についてしばしば語っている。それは、自己の芸術を通じて「不幸な人類のため」「未来の人類のため」der kunftigen Menschheitに働き、人類に善行を致し、人類に勇気を鼓舞し、その眠りを覚まし、その卑怯さを鞭打つことの義務である。

 彼は近代芸術の中で最も雄々しい力である。彼は、悩み戦っている人々の最大最善の友である。

 彼から、勇気と、たたかい努力することの幸福と、そして自己の内奥に神を感じていることの酔い心地とが感染して来るのである。

『悩みをつき抜けて歓喜に到れ!』Durch Leiden Freude.

 

注35 『英雄交響曲』がボナパルトのために、また彼について書かれ、最初の草稿が『ボナパルト』という題名を持っていることは周知のとおりである。その後ベートーヴェンはナポレオン戴冠の報道を耳にした。彼は憤激していったー「彼もやはり凡人に過ぎなかったか!」感情を害した彼は献呈辞を引き裂いた。そして意趣ばらしであると同時にしかしまた感動力のある題名を書いたー「一人の偉大の追憶を讃えるための英雄的交響曲」。

 

ハイリゲンシュタットの遺書

ベートーヴェンの手紙

ベートーヴェンの思想断片

 

ベートーヴェンへの感謝

 彼は運命と婚姻して自分の敗北から一つの勝利を作り上げた。『第五交響曲』や『第九交響曲』の、あの心を酔わせる終曲こそは、打ち倒された自分自身の身体の上に、勝ち誇って光明に向かって立ち上がる、解放された魂以外の何者であるか?

 一八一二年 お前はもう自分のための人間であることは許されていない。ただ他人のためにのみ・・・

 

ベートーヴェンの『手記』より(訳者抄)

 ヘンデルとバッハとグルックハイドンの肖像を私は自分の部屋に置いている。それらは私の忍耐力を強めてくれる(一八一五年)

 われらの衷なる道徳律と、われらの上なる、星辰の輝く空!カント!!(一八二〇年)

 

 表紙に「少年時代からベートーヴェンの音楽を生活の友とし、その生き方を自らの生の戦いの中で支えとしてきたロマン・ロラン(1866-1944)によるベートーヴェン讃歌。二十世紀の初頭にあって、来るべき大戦の予感の中で自らの理想精神が抑圧されているのを感じていた世代にとってもまた、彼の音楽は解放の言葉であった。」と。

 

 ベートーヴェンという偉大な天才、偉大な魂を、時が下って、ロマン・ロランが言葉で紡ぐ。訳者解説によれば、「ロマン・ロランにとってはその少年時代以来、ベートーヴェンは最大の心の師であった。『生の虚無感を通過した危機に、私の内部に無限の生の火を点してくれたのはベートーヴェンの音楽であった」とロマンは『幼き日の思い出』の中に書いている」。