1997 年 4 月 10 日初版発行
上篇は恋愛小説、下篇は失恋小説。
上下一貫して杉子をめぐり、野島と大宮の友情を扱う。上篇は野島が杉子を理想化し妻にしたいと妄想し、大宮が野島の友として杉子に野島が良き人物であることを伝える形で友情を扱う。下篇は杉子が大宮を恋し野島に恋愛感情がないことが、杉子と大宮との書簡を綴ることにより詳らかにされ、それを大宮が小説の形で公開することで野島なら立ち上がると信じて、大宮と野島との友情を上篇とは違う形で取り扱う。
上篇の、野島の杉子に対する陶酔の仕方は、誰しも若い時にありがちな恋が燃え上がる時の前後見境のない恋愛小説として読むのが通常であろう。そして大宮が友人野島の杉子への恋を成就させるために野島のために杉子に野島の善き処を説くのも友情として一応は成り立つ。
下篇の、大宮が杉子を遠ざけるために海外留学するものの、結局友を傷つけて杉子を留学先に迎える姿は友情をある意味では裏切りつつ、それでも野島の再起を心底期待して野島にエールを送るという形で友情を取り扱いつつ、野島はそんな大宮に大きな怒りを抱いて立ち上がろうとするところでこの小説は終わっている。したがってその後の大宮と杉子との結婚後の姿は果たして幸福になれるかしらん、野島の復讐心にも似た怒りにより野島がどう世の中で化けるのかしらんという読者の妄想を湧き立たせる構成になっている。
それにしても、大宮が友の野島を取るか、杉子を取るかの苦衷にあえぎながら、結局、杉子を取りつつ、それでも友の再起を願うという、この大宮の心根の善さ、そしてそれを野島もうすうす分かりつつ互いをライバルとして認めあいつつ、刻苦勉励しようとする、二人の友情には拍手を送りたい気がする。