武器を捨てよ!〈下〉 ベルタ・フォン・ズットナー ズットナー研究会/訳

2011年6月20日初版

 

下巻は「第4章 1866年―普墺戦争」「第5章 平和な時代」「第6章 1870~71年―普仏戦争」「エピローグ 1889年」で構成されている。

 

第4章 再び戦争が始まり、マルタの夫ディリングは戦地に向かう。マルタと父は再び戦争について激論を交わす。マルタは「戦争は人間を高貴にするなどと、言い張るのはやめて!戦争は人間から人間らしさを奪い、獣や、悪魔にするとお認めになって」と迫る。マルタは夫の安否を心配するあまり、戦地に赴く。が、かえって足手まといになる。それでも目にした死人、半死人の数々の余りに悲惨な光景に身も心もほとほと疲れ切ってしまう。マルタが見た悲惨な光景やマルタと一緒に救助活動に当たったドクターによる生々しい日々の記録が延々と綴られている。凄惨極まりない描写である。マルタは何とか家に戻るが、戻ると奇跡的にディリングが無事戻っていた!マルタは戦争の悲惨な結果を目の当たりにして「私が思うに、もっとも驚くべきことは、人間がお互いを泥沼に引き込み合うことです、そのような光景を見た人間が、ひざまずいて戦争に対する戦いを強く誓おうとしないことです。なぜ君主は自ら剣を投げ捨てないのでしょう、なぜ権力を持たぬ者は、すぐさますべての活動、すなわち発言、執筆、思考、教育、行為をひとつの目標に掲げないのでしょうか、『武器を捨てよ!』という目標に」と述べる。戦争が落ち着くとコレラが蔓延する。マルタは弟を、父を、妹を、侍女、料理人らを次々と亡くし、妹のフィアンセは後追い自殺する。万霊節の際、多くの人が眠る墓の前でマルタはヨーゼフ皇帝が頭を垂れる場面に遭遇する。その表情には「悲惨が、悲惨が満ち溢れている」と思った瞬間、皇帝が激しく慟哭する。

第5章 キリスト教の立場では戦争は正しいのか?それに疑念を抱くマルタ夫妻は牧師と論争する。いかにも大臣からは一般徴兵制度が導入されようとしているという話を聞く。それに対しマルタ夫妻は反対する。夫妻は平和論を学ぶ。アンリ四世に平和計画があり、1863年、フランスが軍備縮小と戦争防止の礎を築く会議開催を列強に呼びかけるも、賛同は得られない。それでも夫妻には長女も誕生し、平和な日々が続いていた。

第6章 戦争は些細なことから起こる(スペイン王位継承者がプロセイン王家の王子がつくことにフランスが納得できないために普仏戦争が起こりかける。王子が辞退したので戦争は回避される。ところが二度と同じ計画にプロセイン国王が同意しない保証を求めたが国王がそれを確約しなかったためにプロセインとフランスが戦争状態になった)。フランス国内にいたマルタ夫妻は再び戦禍に慄く。夫はスパイ容疑で法廷に引きづり出され、即決裁判で銃殺される。

エピローグ あれから18年が経過する。マルタは夫の死のために鬱に何度も突き落とされる。それでも息子と娘がいたから生ながらえた。1889年6月23日から27日にパリで、各国の平和協会から代表が集った第1回世界平和会議が開催される。息子と娘も結婚し、幸せな晩年を送る。息子の生まれたばかりの子どもの洗礼に際して、マルタは戦争を決議した国会議員一人一人の保身の醜さ、エゴを鋭く叫ぶ。息子ルドルフも母に続いて「気高い人間性に到達する時代」を宣言し、「すべてのものが力強く、別のより崇高な姿を目指して突き進んでいます」「私たちは、私たちの祖先にふさわしい姿ではなく、私たちの子孫にふさわしい姿となれるように努めましょう!」と述べ、マルタは亡き夫が「ねえ、僕たちは幸せな老夫婦だろう?」と微笑みかける姿を見る。そしてマルタの「ああ、悲しい!」の言葉で幕を下ろす。

 

日本で初めての翻訳とあった。こんなに素晴らしい小説が100年以上も日本で翻訳されていなかったのだとすると、本当にもったない。女性初のノーベル平和賞受賞に相応しい作品だと思う。これを読むと、女性こそが世界各国のリーダーになった方が、間違いなく戦争のない平和な世界を構築できるのではないかと思う。それを強く確信した。