武器を捨てよ!〈上〉 ベルタ・フォン・ズットナー ズットナー研究会/訳

2011年4月30日初版

 

ピータ―・ヴァン・デン・デュゲン(英国ブラッドフォード大学平和学客員講師(博士)平和のための博物館国際ネットワーク代表)によると、1889年にドイツ語で出版。当時、女性に選挙権がなく、公的な生活から女性が完全に排除されていた時代に国際平和運動の最前線へと活躍の場を広げ最も著名な指導者となったこと自体驚くべきことだと指摘。彼女はオーストリア平和協会を創設し、ドイツ平和協会とハンガリー平和協会の共同創設者となった。女性として最初のノーベル平和賞受賞者となった。

 

この小説は上巻が「第1章 1859年―イタリア独立戦争」「第2章 平和な時代」「第3章 1864年シュレースヴィヒ=ホルシュタイン戦争」で構成されている。

 

第1章 伯爵の長女マルタはオーストラリアの軍人アルノ・ドツキー伯爵と舞踏会で出会い互いに一目惚れして二人は若くして結婚する。名誉、財産、容姿ともに恵まれた二人は、すぐに子宝にも恵まれ、幸せの絶頂にあった。ところが夫は軍人であるため戦争が起きると軍人として戦うことに誇りを持ち、マルタにも軍人の妻としての務めを果たすよう求める。がマルタは美辞麗句を並び立てても愛する人が戦争で傷ついたり亡くなったりする恐怖に慄く。軍人の妻として相応しくない態度だと指摘されてもそれが自然な感情だった。この戦争に向かって高揚する男性と恐怖に慄く女性との対比の描き方は俊逸だと思います。しかし、オーストリアは負けてしまい、マルタの夫アルノも戦死する。

マルタの父は個人よりも国家の命運は重要だと説き、イギリスのダーウィン種の起源』が届いた時、どこが人間にとって画期的な意味を持つのか?オーストリアの覇権の方が遥かに大きなことだ、私の言葉を覚えておきなさないと言われ、マルタは覚えておく。

 

第2章 4年が経過し喪を終える決心をする。マルタはまだ23歳。軍人のディリング伯爵と出会う。マルタは歴史書を読みつくす。中でもトマス・バックルの『英国文明史』に強く影響を受ける。「歴史を決定しているのは、ゆっくりと進歩してゆく知性なのです」という言葉はマルタが歴史を学ぶ中で得た重要なキーワードと思われる(“歴史は王や政治家,戦争や扇動によって決するものではない”との言葉はプーチンにこそ学んで欲しい言葉である)。マルタが再婚する相手となるティリング伯爵とのヤキモキさせる内容はこれはこれで読ませる。恋焦がれても相手にその気がなければ空しい。でも相手がその気がないように振る舞っているだけならばどうなのか。ティリング伯爵は軍人でありながら戦争を嫌っている。そのことを察知したマルタはティリング伯爵以外の男性のことを考えられなくなっている。

 

第3章 マルタはティリング伯爵と再婚する。幸せな日々を送るが、出産の当日とティリング伯爵の出兵の当日が重なり、二人は自分か相手のどちらかが死んでしまうと思い込み、辛い別れをする。マルタは出産直前「武器を捨てさせて!捨てさせて!」と無意識の中で叫ぶ。幸い、夫のティリング伯爵は生きて帰還した。夫に退役を決意させることが出来、新しい人生を歩むはずだった。ところが戦争の影響で財産を失い夫は退役できなくなる。そのため再び戦場に赴かなければならなくなる。息子は祖父が軍人に育てようとするが、軍人にさせたくないマルタは反対する。夫は無事戻って来るが、再び戦争の気配が偲び寄って来る。相手国に疑心暗鬼になっているため自国も軍備増強を図らざるを得ない悪循環を繰り返す男たち。それをマルタはどうして愚かなことを繰り返すのかと訴えかける。「すべての女性は、このことだけを呼びかけるべきなのだわ。『平和、平和の実現を。武器を捨てよ!』」と。

 

男性が戦争を起こす裏側で全ての女性は戦争ではなく平和を真に望んでいることを見事に描き切っている素晴らしい小説だと思いました。今こそ読み返すに値する小説です。