人生論ノート 三木清

昭和29年9月30日発行 昭和42年7月20日32刷改版 昭和59年5月30日72刷

 

表紙裏「死について、幸福について、懐疑について、偽善について、個性について、など23題―ハイデッガーに師事し、哲学者、社会評論家、文学者として昭和初期における華々しい存在であった三木清の、肌のぬくもりさえ感じさせる珠玉の名論文集。その多方面にわたる文筆活動が、どのような主体から生れたかを、率直な自己表現のなかにうかがわせるものとして、重要な意味をもつ。」

 

名誉心について

 名誉心と虚栄心とほど混同され易いものはない。・・

 虚栄心はまず社会を対象としている。しかるに名誉心はまず自己を対象とする。虚栄心は対世間的であるのに反して、名誉心は自己の品位についての自覚である。

 

希望について

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 希望に生きる者はつねに若い。

 

個性について

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 自己を知ることはやがて他人を知ることである。私達は私達の魂がみずから達した高さに応じて、私達の周囲に次第に多くの個性を発見してゆく。自己に対して盲目な人の見る世界はただ一様の灰色である。自己の魂をまたたきせざる眼をもって凝視し得た人の前には、一切のものが光と色との美しい交錯において拡げられる。

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私はただ愛することによって他の個性を理解する。分ち選ぶ理智を捨てて抱きかかえる情意によってそれを知る。場当りの印象や気紛れな直観をもってではなく、辛抱強い愛としなやかな洞察によってそれを把握するのである。しかしながら愛するということは如何に困難なことであるか。―「なんじ心を尽し、精神を尽し、思を尽して主なる汝の神を愛すべし、これは大にして第一の誡めなり、第二もまたこれにひとし、己の如く汝の隣を愛すべし。」

 

巻末の中島兼蔵の解説は「これは結論であると同時に三木清という人間への入口でもあると思う」と述べる。