砂の女 安倍公房

昭和56年2月25日発行 平成15年3月25日53刷 平成18年6月10日60刷

 

裏表紙「砂丘へ昆虫採集に出かけた男が、砂穴の底に埋もれていく一軒家に閉じ込められる。考えつく限りの方法で脱出を試みる男。家を守るために、男を穴の中にひきとめておこうとする女。そして、穴の上から男の逃亡を妨害し、二人の生活を眺める部落の人々。どきゅメンタルな手法、サスペンスあふれる展開のなかに人間存在の象徴的姿を追求した書下ろし長編。20数か国語に翻訳された名作」

 

昆虫採集に出かけた学校の先生が、砂に埋もれる家に閉じ込められ、脱出を図ろうとするものの、蟻地獄のように砂がどんどん降ってきてしまい、全く脱出できない。その家には30代の女がいて、部落の者がどうやら逃げ出さないように監視している。脱出を諦めた先生は女と結ばれる。が、かつて妻とはコンドームを装着しないと勃起しなかったのにこの女とはコンドームなしで性交できた。一度脱出に成功するが、逃げ惑ううちに再びこの砂の家に舞い戻ってしまう。最後の最後で女が子宮外妊娠をして激痛のために縄梯子が投げかけられ、遂に先生は脱出の決定的なチャンスを手に入れる。ところが先生は家の中で溜水装置の研究に没頭しそれが面白くなって脱出せずに物語は完結を迎える。

結局、日常と非日常の違いって、あるようでいてない。日常繰り返している労働と非日常の中で繰り返す作業とは何も変わらない。希望がありさえすれば非日常でも精神は安定していられる。不思議な世界を描いているのに読者にドキドキ感を抱かせながらサスペンス調の盛り上がりを感じさせてどんどん読者を引き込む作者の才能には惚れ惚れする。

砂の家の中では、最初は読みたかった新聞も次第につまらなくなり、ラジオを手に入れたかったがそれを手に入れたらつまらなくなったり、人間の欲望というものは環境がどう変わってもすぐに飽きるものだというところも描く。さらにこの女にとって砂の家とは何なのだろう?女は「愛郷精神」という言葉を発しているが、部落であろうがなかろうが、自分のいるところに愛を注ぐという女の本質を描いているのかもしれない。

不気味でもあり、スリリングでもあり、人間の精神が崩壊しそうで崩壊せず、非日常的環境にいながら希望を持ち、そして脱出できるのに脱出せず現状に甘んじる人間とは一体何なのだろう?という疑問を抱かせる、そんななんともミステリアスなフィクションでした。

巻末のドナルド・キーンさんの解説はこれはこれで面白く、まずはこれを読み始んだ後に本編を読むのをお勧めする。